あらすじ
舞台は、宇宙で最も色彩豊かな美しい星「カラフィリア」。活発で外で遊ぶのが好きな十二歳のエンナは、女子の中では浮いた存在。いつも幼馴染の男子・ルーブ、サンの二人と一緒に遊んでいた。そんなある日、突然世界から色が消えてしまう。色彩を奪ったのはダークネス国の王、ブラックであり、その国に行き色を取り戻しに行ってほしいと女王から人を募られ、エンナは名乗り出、ルーブ、サンと一緒に行くことに。王宮で女王に”受け継いだ色のものを操れる”「色彩魔法」を譲渡され、エンナは赤、ルーブは青、サンは黄の力を受け継ぐ。三人は女王の側近であるアルバートに魔法を教わり冒険へ出発するが…
1 ことの始まり
広い宇宙の片隅に、小さな星があった。
名は「カラフィリア」。宇宙に存在する惑星の中で最も色彩豊かな美しい星である。
星が生まれてから数百年ほどしか経っておらず、戦争も貧困もない平和な星だ。
その星の中心にある王国、「パラディナ」。人口はさほど多くなく、中心部の街以外は自然を多く残した土地になっており、四季をめぐるごとに様々な花が表情を輝かす。
「おーいこら、午後の授業だからって寝るなよー‼」
六年一組の担任・ブラウニ先生は天然パーマが特徴の栗毛の男性だ。
先端に茶色いプラスチックのクマがついた差し棒で左の列から二番目の席に座っている男子をたたいた。
「うぅ……ん……」
授業は五時間目。五月の中旬、十四時頃と、ひだまりがポカポカ気持ちいい。うたた寝するには最高だ。教室の生徒の半分が机に伏せているかこっくりうなずいているかのどちらかだった。
「えぇーと何だっけ。そうそう、七百七十年、PWS結託がありました。これはバケット・ギアの国民たちをティックウィックから解放するために――」
五時間目は社会だ。よりによってこんな、ひだまりが「もういいから眠ったら?」と誘惑してくる時間にそんな教科を組み込まなくても良かろうに、とエンナは思った。ていうかもう、過去の歴史なんてエンナは興味がない。小学生は今を生きることに必死なのだ。友達関係、好きな人のこと、宿題、毎日着る服、今流行りのアイドル――。
金髪のツインテール、正面から見て右の結び目に赤いスカーフをリボンのように巻いた、エンナ・シャロラハートは十二歳だ。少しつり上がった目はやや細く奥二重。鼻は筋が通っていて普通の高さ。赤いインナーに肩紐付きの黄色いプリントシャツを重ね着し、青いデニムのショートパンツを穿き、膝下に黒いニーハイを着用している。身長はおよそ百五十センチほどだ。
「八百三年にも同じ出来事があるけど、これはさっき言ったのと違うからな。ティックウィックの独裁政権を破ったのが七百七十年で――」
エンナは授業は真面目に聞く方だったが、社会、特に歴史だけはどうしても入ってこなかった。ナントカ条約が何年だとか、略すのにアルファベット使ったり、めんどくさいったらありゃしない。つか、誰だよティックウィックって。長ったらしいし、変な名前――。
ああ、もうだめだ。倒れてしまった生徒の半分に仲間入りしなければならない――。
エンナはとうとう、机と言う顔用のベッドにうつぶせてしまった。
「このキャミソールかわい――っ」
帰りのホームルームが終わった午後四時過ぎ。教室の廊下側で、女の子達が机を寄せて雑誌を広げながら楽しそうに話していた。
その群れを遠ざけるようにしてエンナは教室から出た。
エンナには女子の友達がいない。趣味も違うため、いまいち女子の中に入りきれない。幼い頃は男子と遊ぶことが多かったせいもあるが、女子特有の恋バナや噂話が苦手だった。
くだらない……と心の中で言いかけた時、二、三メートル離れた廊下の奥から二人の男子の声が聞こえた。
「なんだ、エンナ、また一人か?」
最初に声をかけたのはルーブ。エンナより少し背の低い男子だ。髪は暗い青色で、目はきれいな二重で鼻も高く整っている。全体的に端正な顔立ちをしていた。黒いシャツに青いデニムの上着をはおり、濃い緑色のズボンを穿いていた。足元は黒いスニーカーだ。
「ヒマなんだろ?いつもんとこで遊ぼーぜ」
もう一人の方はサン。髪をツンツンに立てた、ルーブより少し背の低い少年だった。髪の色は黄色で、目はいきいきとしたブラウンだ。落書きの太陽のような絵が入った黄色い半袖のシャツを着ており、下は茶色い半ズボンだ。短い靴下をはき、白いスニーカーを履いていた。手にはボールを抱えている。
「ルーブ、サン……」
エンナは答えるように話し出そうとしたが、先ほど出てきた教室を気にすると二人を目線で促すようにして校舎の外へ出た。
「なんだよ、興味があるなら話に入ればいいのに」
ルーブはエンナの背中に向かって後ろから話しかけた。
「別に……あたし、ファッションなんてキョーミないもん」
「素直じゃないなー」
ルーブは口元を歪ませ苦笑した。
「だいたいあたしは、あーゆー女の子たち苦手なの!ショッピングとかカラオケとか行くよりは外で遊ぶ方が好きだし……人付き合いだって……あんたらとの方が……」
「そんなこと言ってるから……」
「まあまあルーブ、その辺にしとけよ」
余計なことを言いそうになるルーブを制したのはサンだ。
「せっかく晴れてんだ、いつもんとこ早く行こうぜ」
エンナ、ルーブ、サンは学校から少し離れた草原まで歩いて行った。草原には青々と茂った一本の大きな木が立っており、近くには湖がある。吹き抜ける風が三人の頬をひんやりと撫でた。
「ボール持ってきたからバレーしようぜ」
サンは両腕に抱えたボールを頭上にあげエンナの方へ投げた。エンナは両手を組みボールをレシーブする。
「じゃあ邪魔する役は俺だな」
ルーブは二人の間に入り、ボールを止めようと球の飛ぶ方向に跳び始めた。
「なあエンナ」
ルーブは邪魔する役をしながらエンナに話しかけた。
「なに」
「今、エンナと俺らは違うクラスだろ?中学になったって同じクラスになれるとは限らないんだしさ、今のうちからもっと他の友達作っておいた方が……」
エンナはボールに視線を集中させたまま何も言わない。黙っているエンナにルーブは笑いながら顔を曇らせる。
「ほら、特に女の子――」
「うるさい‼」
丁度返ってきたボールをエンナは思い切り弾き飛ばした。ボールは物凄い速さで宙を描き、ルーブの頭を飛び越え向かいのサンの顔面に直撃した。
ドゴッ‼
「おうっ⁉」
「エンナ……」
サンは奇声を発し、ルーブは呆れた顔でサンを見た。
「ごめん……」
サンは大木の陰で濡らしたタオルを顔に当て、木にもたれかかって座っていた。
「まったくエンナも、怒りにまかせて打つなよな……」
「悪いのはルーブだから」
「あのさあ……」
そっぽを向くエンナに、ルーブは困り頭を掻く。
「しょうがないじゃん」
エンナの滅多に出さない寂しげな声に、ルーブとサンは顔を向ける。
「昔からずっとあんたらと遊んできたあたしが、女の子たちの中に入るなんて難しいんだって。体育のバレーだって、勝利にこだわるあたしとみんなで楽しくやりたい女子たちとじゃ違う。趣味だって、外で遊ぶのが好きなあたしとリリアニーやビーズアクセサリー作りが好きな女子たちとじゃ違う」
エンナは人差し指で地面に着いたボールをクルクルといじった。
強い風が大木の葉を揺らす。風に吹かれて木の葉が舞う。
「……ま、エンナはエンナだもんな」
サンは腫れがひきはじめた鼻にタオルをあてながら言った。
「……おい」
ルーブは瞳孔を開き、顔を上に反らし、ある一点を凝視していた。
「なんだよ?」
サンは怪訝そうにルーブの顔を見た。
「空が……灰色に……」
『え⁉』
2 世界の異変
サンとエンナは二人同時に、ルーブの見ている空へと視線を動かした。
今日は朝から快晴だった。自然の美しいパラディナは空も美しく、靄も霞もかからない澄み渡った青色をしている。その空が――まるで生気を失っていくように、灰色へと徐々に変化していくのを、二人は目にした。
「な……何、これ……」
変貌していたのは空だけではなかった。草木、花、山、湖、鳥――すべての自然、虫、動物たちの色が徐々に消え、白黒に変わっていった。
「どうなってんだ⁉草木が全部、白黒に……‼」
「花も、山も、湖も、動物まで……‼」
突然の異変は見える景色全てを白黒に変え、更に広がり続け、止まるところを知らなかった。
「とにかく学校に戻ろう、先生は何か知ってるかもしれない」
エンナ、ルーブ、サンは学校から草原までの道を引き返した。
「すげえ……何もかも、白黒じゃねーか」
サンは道端に咲いている花を眺めながら言った。
「気付いたけど、あたしたち……人間の色はそのままね」
エンナはルーブやサン、自分の体を見て言った。着ている服は白黒になってしまったが、肌や目、髪は色が失われていない。
三人が学校に着き、校舎へ入ろうとすると、玄関から栗毛の男性が出てきた。
「ブラウニ先生!」
「あっ、お前ら……まだ校内にいたのか。女王様が緊急集合の令を出したんだ。急いで王宮に行け。みんなもう集まってる」
「わかりました」
エンナは返事をし、ルーブとサンを促して学校をあとにした。
三人は王宮の前に赴いた。
たくさんの国民がざわざわと話していた。ほとんどの者が、不安と混乱に顔を曇らせていた。
「どうなってんだ、色が全部消えて……」
「何かの奇怪現象か⁉」
「ねえママ―、なんで色が消えちゃったの?もとに戻るの?」
周りを見渡したエンナは、クラスメイトもちらほらいることに気が付いた。
「皆さん」
柔らかく繊細な、それでいて芯のあるはっきりした女性の声が王宮のバルコニーから聞こえ、民衆はそちらに目を向けた。
『女王様!』
パラディナの女王、ミルフィーネが姿を現した。白いロングドレスを身にまとい、ウェーブがかった軽い金色の髪を肩までおろしている。肌はきめが細かく色白だ。瞳は青く輝き唇は紅色に光っていた。
「王宮の前にお集まり頂いた国民の皆様、今から私が話すことを心して聞いてください」
女王の透き通った声が広場に響き、民衆から発せられる話し声や雑音が小さくなった。
「既に皆様がご存じの通り、このパラディナの色彩は全て消えてしまいました。しかし、被害はこのパラディナだけではないのです。このカラフィリアの、ほぼ全ての色彩が消えてしまったのです」
「なんだって⁉」
民衆は驚きの声を上げた。
「この国だけじゃないのか……」
「そして、色彩の消えていない国が一つだけあります」
女王の言葉に、民衆はざわついた。
「それは、隣国の小国、ダークネス王国」
カラフィリアは海を隔てた八つの国に分かれており、パラディナの北西に位置する島国がダークネスという国なのだ。
「どうやら原因は、その国の一部にあるみたいなのです。そこで、城から離れられない私の代わりに、原因を突き止めるべく何人かの方々でダークネスに調査に行ってきてもらえないでしょうか」
民衆はしーん、と静まり返った。
「もちろん、旅に出るためのお金など、援助は惜しみません。食糧、装備、武器など、揃えられるものは全て用意します」
「武器って……」
「た、戦いに行くってことか?」
パラディナは戦争とは無縁に近い国だ。国民も穏やかな者が多く、喧嘩や博打はほとんどしない。戦い慣れしていないのだ。
「子どもでも、大人でも構いません。どうか、パラディナの民たちよ、自分こそはという方、今ここで名乗りを上げてほしい」
「おい、どうする?」
「調査って言われてもなぁ……」
中年ぐらいの大人の男性二人は何やらボソボソと話していた。先ほど周りを見渡した時に見かけた、クラスメイトの女子たちも数人で話をしていた。
「ちょっと……これって世界の色彩がこの中の誰かにかかってるっていうこと?」
「でも、いくらなんでも荷が重すぎるっていうか」
「私たちの手に負える問題じゃないよね……」
遠くの方で、また聞き覚えのある声がした。同じ学校の、隣のクラスの男子だ。
「どうする?お前、行くか?」
「無理むり。俺、そんなすごいやつじゃねーよ」
年齢的に「子ども」だが大人と同じような考えを持てる十二歳前後の者たちは、それぞれ友人や知り合いなどと話していた。だが、「自分には無理」「大人の方が適任」などと言い遠慮し、誰も一向に名乗りをあげようとしない。
大人の方も似たようなもので、「体力がないから」「自分より適した者がいる」と言い、自分以外の誰かを待っているようだった。
「だいたい、何で原因がダークネス国だって女王様はわかるんだ?」
「そうだ、パラディナ以外の色彩も消えているって、それもどうして分かるんだ」
一部の大人たちは女王様の言うことに納得せず、反論しだした。
「事情は後で詳しく説明します。どなたでも構いません……‼誰か、どうかお願いします……‼」
――なにこれ。
女王さまが必死に人を求めてるのに、誰も動こうとしない。
大人たちは文句まで言い出した。
結局みんな、無責任なんだ。
「はい」
エンナは右手を、高々と空へ向かって突き出した。
周りにいた民衆はざわめき、エンナから微妙に距離を取った。
『エンナ⁉』
隣にいたルーブとサンも、エンナの予想だにしない行動に驚いた。
「あなたは……?」
女王は瞳を潤ませながら訊ねた。
「エンナ・シャロラハート。十二歳です」
エンナは背筋を伸ばしたまま右手を真っ直ぐ上げ、はっきりとした声で答えた。
「十二歳の女の子が⁉危ない、やめなさい」
近くにいた、ひげを生やした四十代ぐらいの男性が後ろからエンナの肩をつかんだ。
「じゃああなたが行くの?」
振り向くエンナの鋭い目に男性は目線を下にそらし、黙り込んだ。
「じゃあオレも行く」
エンナの横に立ち、スッと手をあげたのはサンだ。エンナと同じように瞳を真っ直ぐ女王様へ向けている。
「エンナが何考えてんのか知らねーけど、お前一人にまかせられないだろ」
サンは自信に満ちた笑みをエンナに向けた。
「じゃあ俺も」
続いて、ルーブが何の躊躇いもないかのように手をあげた。エンナを見て、口元をニッと吊り上げている。
「ルーブ……」
「お前らが二人だけでダークネスに行くなんて、考えただけでため息が百リットルぐらい出そうだからな。だから、俺も行く」
ミルフィーネは大きな拍手をし、王宮のバルコニーの上から身を乗り出した。
「勇気ある三人の子どもたちよ‼私はこのような者を国民に持てたことを大変誇りに思います。どうか皆様方、三人に拍手を‼」
国民は困惑と混沌と敬意がまじった、何とも言い難い拍手をエンナたちに送った。
3 王宮へ
エンナはダークネスに行くことを母に報告するため家に帰った。
エンナの家は小さな一軒家で、本来なら屋根の色は深い赤、壁は清涼感のあるクリーム色だ。全体的に小じんまりとしており、庭にはガーデニングが趣味でもある母が手入れをしている花が並んでいた。
「ただいま……」
エンナは玄関のドアを開けた。
「おっかえりー‼」
台所から底抜けに明るい声が聞こえ、癖のある髪を後ろでポニーテールに束ねた、くりっとした二重の女の人が玄関まで出てきた。手には濃い灰色の液体(色彩が消えているため何色なのか分からないが、多分トマトとオレンジとピーマンを混ぜた野菜ジュースだろう)が入ったビーカーを持っていた。流れからもう分かるように、彼女がエンナの母親である。名前はアカネ。色彩が消えているというのにテンションはいつもと変わらない様子だ。
「まあまあ、どうしたのそんなに深刻そうな顔して⁉ああ、やっぱり突然色がなくなっちゃったから⁉」
「そうなんだけど……そのことで話があるの……」
エンナは女王の支援で色彩を取り戻すためダークネスに出かけなければいけないことを話した。母はエンナが話し終わるまで質問を挟まず、黙って話を聞いていた。
「――ってわけで、すぐにでも出発しなくちゃいけないんだけど……」
母は話を聞き終わった後、いつものおちゃらけた表情を完全に消し、真っ直ぐにエンナを見つめた。
「……どれくらいかかるの?」
アカネは心配そうに尋ねた。
「……分かんない」
アカネは考え込むように黙ると、しばらくしてから口を開いた。
「エンナは、何で自分が行こうと思ったの?」
「……女王さまが困ってたから……誰かが行かなきゃいけないのに、誰も手をあげないんだもん……」
アカネは口の両はじを上げ、エンナを見つめながら目を細めた。
「サンくんとルーブくんも一緒なのね」
「うん」
「絶対、無事に帰ってくるのよ」
アカネはエンナをぎゅうっと抱き締めた。温かみがあり強い、愛のある抱擁だった。
日が沈む頃。一回家に帰って報告した後、王宮の前に残っておいてほしいと女王様に言われたエンナ、ルーブ、サンは広場の中央にある噴水に腰掛けていた。
「――ってわけでさあ、母さんにすごい反対されたよ」
サンが話しながら首の後ろを掻いた。
「俺は弟と妹に説明するのが大変だった」
ルーブは脱力したように苦笑した。
「君たちかい⁉」
『‼』
一人の青年が息を切らしながら三人の方へ走ってくるのが見えた。深い赤色の短髪に茶色い目をした、落ち着いた雰囲気のある青年だった。なかなかにハンサムだ。
「あなたは?」
「俺はアルバート。女王の側近だ。迎えが遅くなってすまない」
「いえ」
「今から女王様のところへ案内する。ついてきてくれ」
三人はアルバートに連れられ、王宮の中へ入った。入るとすぐ、三人は外と中の違いに気付いた。
エンナたちはアルバートに案内され、大広間にやってきた。部屋はものすごく広く、床には赤色をベースに獣のような柄が描かれた絨毯が敷き詰められていた。壁は白くプラチナのように輝き、天井は突き抜けるように高く、高価そうなシャンデリアがいくつもぶら下がっていた。
「あの、何で王宮の中は色があるんですか?」
ルーブの質問にアルバートが答える。
「女王様が言ってなかった?王宮には特別な水晶玉があってね、百年ほど前から世界に影響が出ない程度に色彩を吸い取って溜めてたんだよ。こういう非常事態に備えてね。その水晶玉の力で、王宮の中だけは色彩が保たれているわけ」
「それを解き放てばまた色が戻るんですか?」
ルーブは続けざまに質問する。
「んー……、そうしたとしても半分ぐらい色がつく程度だろうね。元の美しい色には戻らないだろう」
「じゃあ、何のために溜めているんですか?」
「それは、あとでわかるよ」
エンナたちが大広間の中央あたりに着くと、真正面の扉がバンと音を立てて開き、中からミルフィーネが姿を現した。
「まあ、勇敢な子どもたち‼ようこそいらっしゃいました、会えて嬉しいわ」
女王はいきなり三人にまとめて抱きついた。女王の豊満なバストが三人の顔に当たる。
「ちょ、女王さま⁉」
エンナは慌てて顔を女王から離した。大胆な人だな、とエンナは思った。
「勇敢な男の子たち、まだ名前を聞いていなかったわね。教えて?」
「ルーブ・スカイクロー。エンナと同じ、十二歳です」
ルーブはさり気なく女王の胸から顔を離すと何事も無かったように答えた。
「サン・エノワール……同じく、十二歳……」
サンだけが女王の胸に顔をうずめたままフゴフゴと答えた。
「こら、サン‼」
エンナはサンの背中のシャツを引っ張ると、女王から引き離した。
「ウフフ、いいのよ、子どもなんだし。母性を感じたいのよね?」
女王はニコニコと微笑みながら、右手を頬に当てた。
「子どもって、十二歳ですよ⁉赤ちゃんじゃないんですから!」
エンナはサンを横目で見た。微妙に顔を赤くしてにやけている。エンナはサンにしか聞こえないぐらいの小さい声で「スケベ」と呟いた。
「そろそろ本題に入りましょうか」
女王は両手にしている真っ白い手袋を引っ張り整え、綺麗なブルーの瞳でエンナたちを見た。
「えっと……調査って、主にどんなことをすればいいんですか?」
「俺たち子どもだけで、大丈夫ですかね?」
「装備して武器持って……戦いに出るってことですよね……」
サン、ルーブ、エンナの順に、不安や疑問をそれぞれ口にする。
「装備も武器もいらないわ。いるのは、あなたたち自身だけ」
『えっ⁉』
「まずは、話をしなきゃね」
女王は、今まで起きた出来事と三人に伝えるべき内容を、順を追って説明し始めた。
色が消えたのはダークネスの国王、ブラックの仕業だということ。
水晶玉はカラフィリアに三つあり、ブラックは王宮にあるものと同じ水晶玉を持っているということ。
水晶玉は色彩を吸収できる力を持っていること。
水晶玉をのぞくと、別の水晶玉が映したものが見えること。
「なるほど……だからブラックが色を吸い取ったことが分かったんですね」
ルーブが納得する。
「そして、これ」
女王は大広間の左奥にあるテーブルの方に歩いて行った。テーブルには大きな白い布がかかっていた。女王は品のある手つきで白い布を取った。
そこには赤、青、黄の直径三センチほどの三つの綺麗な珠が置かれていた。
「これは……」
不思議な魅力を醸し出す珠に見とれ、エンナは声を漏らした。
「色彩を吸い取った水晶玉から、色だけ抽出したものよ。これがあれば、色彩魔法が使えるわ」
「色彩魔法?」
「そう」
三人は怪訝そうな顔つきをした。エンナたちには魔法という概念は聞き慣れず、授業でも世界は科学の力などで発展してきたと教えられている。なので、三人にとって「魔法」は、空想や物語の世界のもの、というイメージが強いのだ。
「受け継いだ色の物を操ったり、創造したりできる。それが色彩魔法。あなたたちがこれから受け継ぐ力よ。あなたたちがこの力を得て、ブラックのいるアジトまで行き、色彩を封じ込めた水晶玉を破壊してきてほしいの」
「ブラック……」
サンが不安げに呟いた。
「本当は私が行ければいいんだけどね。王宮の水晶玉を守らなきゃならないから、城から離れられないのよ。だから、代わりにアルバートを護衛につけるわ」
「よろしく」
アルバートは三人に軽く頭を下げた。
「じゃあ、三人とも、覚悟はいい?」
ミルフィーネはエンナ、ルーブ、サンをしっかりと見つめた。
「ブラックは狡猾で自己中心な男よ。城に来るのが子どもだからって容赦はしないわ」
三人は唾を飲み込んだ。
「だから、しっかり色彩魔法を覚えて。あなたたち三人の力があれば、勝てないはずはないから」
「はい」
「わかりました」
「やります!」
エンナ、ルーブ、サンの順に答える。
「いい返事ね。じゃあさっそく、一人ずつ色の力を譲渡するわ。まずは三人とも、こっちへ来て」
女王は、右からエンナ、ルーブ、サンの順に横一列に並ばせ整列させた。
「エンナ、心に燃えるような情熱を秘めたあなたには赤を」
女王は赤い珠をとり、エンナの心臓のあたりにあてた。珠はエンナの胸に吸い込まれるようにして消え、エンナの体の中心が赤く光った。
「ルーブ、冷静さを求めるあなたには青を」
女王は先ほどエンナにしたようにルーブの胸に青い珠をあてた。
「サン、人の心を明るくさせる力があるあなたには黄色を」
最後にサンの体に黄色い珠を当てると、女王は三人の体にそれぞれの色が馴染むのを見届けた。
「気分はどう?」
女王様は額の汗を手で拭きながら訊ねた。疲れたのか、若干息を切らしている。
「なんか……体の芯が、熱い感じがします」
「俺もです」
「オレも。なんか、中でドクドクいって……」
サンが言い終わらないうちに、女王の全身がエンナたちの目の前で空を切った。そして、大きな音を立て大広間の床に倒れた。
「女王さま⁉」
4 女王の急変
顔を横に向け、うつぶせに倒れた女王の顔色を見ようと、エンナは女王の髪をそっとかきあげた。顔は青白く、さっきよりも大分呼吸が荒い。
「ど、どうしよう⁉」
エンナが慌てふためいていると、すばやく現れたアルバートが女王の体を抱きかかえ、女王が入ってきた扉の方に向かっていった。
「サン、ルーブ、扉を開けてくれ!」
呆然と立っていたサンとルーブはハッとし、急いで大広間の扉を開けた。
アルバートはそのまま廊下を左折し、どこかの部屋へ入っていった。エンナがあとを追い確かめると、どうやら医務室へ女王を運んだようだ。
『……』
サンとルーブは突然の出来事に上手く対応できず、再び呆然と突っ立っていた。
「だ、大丈夫かな……」
エンナはどうすればいいかわからず、大広間に戻った後、アルバートが戻ってくるのをソワソワしながら待っていた。
ふと、さっきの光景が頭をよぎる。
(あんな重そうなドレスを着た女王さまの体を一瞬でヒョイッと……)
自分がされたわけではないのに、エンナはなぜか顔が赤くなる。なんだかすごく絵になっていたな、と感じるエンナ。
(まさかあの二人って……)
ある想像が思い浮かんだが、エンナはぶんぶんと頭を振る。
(いや、女王さまは結婚してるんだって!王様が夫なんだし!側近と……なんてダメでしょ!)
エンナが自分で想像したものを自分で否定していると、大広間のドアからアルバートが現れた。
「待たせたかな」
「女王さまは、大丈夫なんですか?」
ルーブがいち早くアルバートに尋ねる。
「今は医務室で安静にしているよ。……これはあんまり喋っちゃいけないことなんだけど、実は水晶玉から色だけを取り出すのも、色彩の力を人に受けわたすのもかなりの体力がいるんだ。取り出したのが昨日で、色彩を受けわたしたのが今日、しかも三人続けてだから相当消耗してるだろう」
アルバートは深刻そうな顔つきで話した。顔に影が落ちている。
「そうだったんですか……」
エンナは心配そうに言った。
「でも心配しないで。二、三日休ませればもとの元気な女王様に戻るよ」
アルバートは表情を和らげ、優しく微笑んだ。
「VIPルームを用意してるから、三人とも今日はそこに泊まって。女王さまは僕が看病するから。ジーバ!」
アルバートは扉の向こうに向かって声を張り上げた。
すると六十代ぐらいの、背が低く少し痩せた体型の、髭を生やした品の良さそうな男性が出てきた。
「この人はジーバ。王宮の執事だ」
「よろしくお願いします」
ジーバは丁寧に頭を下げる。
「もう七時だ。三人に食事を用意してやってくれ。そのあとでいいから、部屋も案内してくれ」
「かしこまりました。どうぞ、こちらです」
三人はジーバに案内されて食堂に行き、食事をとった。見た目も味付けもすごく良く、とても美味しかった。
その後、再びジーバに案内され二階にあるVIPルームの前へ来た。
エンナはVIPルームのドアノブを回した。五十平方メートルぐらいある部屋が三人の目に飛び込んできた。
「広っ‼」
サンは声を上げた。
西南にきれいにクリーニングされたベッドが三つ並んである。南側に大きな窓、東には大きな鏡のついた机があり、イスが三脚あった。まるでホテルのようだ。窓の外には王宮の外を遠くまで見渡せる大きなテラスがついていた。
サンとエンナはベッドに腰掛け、ルーブはイスに座った。
「女王さま、大丈夫かな」
エンナは心配そうに呟いた。
「アルバートさんがついてるから大丈夫だろ」
サンが答えた。
「それにしても、王宮の食事ってすごく美味しいのね」
「うん、やばいな」
サンが顔を輝かせながら言った。
「メイドさんたちも可愛いし、あんないい暮らしができるなら、俺王女と結婚して王宮に住もうかな」
ルーブはイスの背にもたれかかりながらまどろむような目で言った。
「はあ⁉何言ってんの⁉女王さまが寝てるっていうのに!不謹慎!」
「心配しなくていいってアルバートさんが言ってたろ。余計な心配は体によくない」
「余計だとは思わないけど」
エンナは横目でルーブを見る。
「でもオレ、王女が王宮にいるの見たことないんだよな。ここに住んでるのか?」
「いや……知らないな」
サンがルーブに聞くが、ルーブは首を振る。
その後三人は男女別に王宮の大浴場に入り、あがった順に寝まきに着替え部屋に戻った。
最後にあがったのはルーブで、先に部屋に入っていた二人に伝言を話した。
「アルバートさんが言ってたんだけど、明日は六時に起こすってさ。それからちょっと色彩魔法の練習をするって」
「ん」
「わかった」
サンとエンナは返事をした。
午後九時頃、エンナは入り口近くの電気のスイッチをオフにした。部屋をこうこうと照らしていた明かりが消え、室内は段々と青がかった暗闇に身を包まれた。
「おやすみ」
エンナは寝息をたて、サンも眠りに落ち、ルーブも目を閉じた。
5 色彩魔法の訓練
「おはよう、三人とも」
翌朝の午前六時、エンナたちはメイドに起こされ、着替えて朝食をとるため食堂に行くと、アルバートがテーブルのイスに腰掛けて待っていた。
「昨日はよく眠れたかい?」
「……まあまあです」
エンナは完全に目覚めていないのか、眠そうな声で答えた。
三人は食事をとった。スープ、ロールパン、サラダ、目玉焼き、果物、とオーソドックスなメニューだったが、やはりとても美味しかった。
四人が朝食に一段落がついた頃、アルバートが口を開いた。
「朝食が終わったら、三人ともまずは図書室へ来て」
「図書室?」
サンが不思議そうに訊ねた。
三人はアルバートに連れられ王宮の図書室へ来た。あまり使われてなさそうな部屋だったが、埃一つなさそうに掃除されており本棚には様々な種類の本がきれいに整頓されていた。
「まずここで『色彩』についてよく勉強するんだ。色彩魔法は色についての知識や理解が深いほどより良い効果を発揮できる」
そしてアルバートは三人に同じ本を一冊ずつ渡した。本は同じだが、ふせんが本の間に挟まれておりそれは三人とも場所が違った。
「最初の十ページと、ふせんが張られてるところを読んで。僕は外で待ってるから、読み終わったら外に来て」
「はい」
「わかりました」
(オレ、本読むと眠くなるんだよな……)
エンナ、ルーブ、サンは図書室の机につき、三人並んで本を読み始めた。
三十分後。
三人は本を読み終わり、王宮の庭に出ていた。
王宮の外までは水晶玉の力が及ばないらしく、庭は敷地内であるが色彩が無く、例によって白黒だ。
「う、風が冷たい」
今は五月だが、王宮は街より高い場所にあるためか少し肌寒かった。エンナは両腕をさする。
「じゃあ、いよいよ色彩魔法の訓練を始めるか」
『よろしくお願いしますっ‼』
三人は元気よく返事をする。
「色の力を受け継いだ君たちをこれから『マジッカー』と呼ぶ」
「マジッカー?」
サンの頭の上に油性ペンが浮かぶ。
「正式名称は『カラー・マジッカー』。色彩の魔法使い、って意味だ。女王さまが命名したんだ」
「色彩の魔法使い……」
エンナが反復する。
「じゃあまずは、第一段階。『色の認識』からだ」
アルバートはどこからか三本のバラを取り出すと、エンナたちの前にスッと見せた。若干濃さが違うが、三本とも灰色だ。
「色彩の力を受け継いだ者は、世界が白黒の状態である場合、たとえば赤を受け継いだ者であれば、本来赤だったものに触れれば色が元に戻る。これが一つ目の力だ」
「なるほど……」
エンナは頷く。
「僕が今持ってる三本のバラは、本来赤・青・黄だったものだ。今から君たちがこれに触って、一つずつ元に戻してみて。まずは、エンナ」
エンナは考えに考えたあと、一番右のバラに触った。
「あっ!」
エンナの触れたところから徐々に、赤い色が戻っていった。
「正解」
アルバートは口角を上げ微笑んだ。
「次はルーブとサン、二人同時に触ってみな」
二人は少し考えると、全く同時に違うバラに触った。
見事、真ん中が青いバラ、左が黄色いバラへと色を取り戻した。
「おお!」
「色が戻った」
サン、ルーブは歓喜の声を上げた。
「こっちも正解。君たち、勘がいいね。色の濃さが違うからなんとなく分かったかな?」
アルバートはそれぞれの色のバラをエンナたちにプレゼントした。
「さあ、こっからが本番だ。エンナ、ルーブ、サン、今からこの庭園にあるバラをそれぞれ自分の受け継いだ色に全部戻してみて」
「えっ⁉」
「全部⁉」
庭園は広く、バラは見渡す限り植えられている。全部で数百はありそうな数だ。
「僕は意外にスパルタだからね。今回は時間もないし、スピーディにいくよ」
アルバートは笑顔で言った。
「はっ、はい」
三人はバラの庭園に走り出した。
「頭で考えないで、心で感じて触ること!これは直感を鍛える訓練でもあるからね!」
アルバートは三人に聞こえるように声を張り上げながら言った。
「赤いバラって結構多いのね……」
エンナは庭園で最も多いであろうと思われる色のバラに触っていった。
「花言葉が奇跡ってだけに、俺の色のバラが一番少ないだろ……探すの大変」
ぶつぶつ文句を言いながら、ルーブは青いバラを探した。
「黄色、黄色……なんかこの色いいよな。元気が出てくるっていうか、オレこの色好きだ」
サンはマイペースに、楽しみながら黄色いバラを見つけていった。
三人が色を戻し始めて十分程立った頃。
「終了―‼」
アルバートは三回手を叩き、エンナたちを庭園の中央へ呼んだ。
「どうかな?自分の色がだんだん把握できるようになったかい?」
三人は少し疲れたらしく息を切らしていた。
「うんうん、三色だけでもやっぱり色が戻ると嬉しいね」
アルバートは満足そうにうなずいた。
「少し補足すると、例えばちょっとピンクっぽい赤だとか、水色に近い青だとか、茶色っぽい黄色だとか、そういうあいまいな色も、“自分の色”だと認識すれば元に戻すことができる。覚えておいてくれ」
「でも、世界が白黒じゃ色が分からないですよ?」
サンが訊ねる。
「まあ、そこは直感を鍛えてなんとかしてくれ」
「……」
サンは何とも言えない表情で黙った。
「よし、そろそろ出発するぞ」
「えっ?もうですか?」
エンナはアルバートの方に顔を向けながら言った。
「もちろん能力はこれだけじゃないさ。あとの力は、行きながら試そう」
6 出発!
料理長が用意したという弁当や、水、衣服、携帯テント等をそれぞれがリュックに詰め、四人は出発の準備を整えた。
王宮の玄関の前にはメイド全員とジーバが並び、四人を見送るために待機していた。
「じゃあ、行ってくる。僕がいない間、城の留守は任せたよ」
「かしこまりました、アルバート様」
「色々とありがとうございました」
エンナはジーバにお礼を言う。
「お待ちください、エンナ様」
「え?」
するとジーバは、ポケットから真珠のはまった白い指輪を取り出した。
「これは女王様から、あなたに渡してほしいと頼まれたものです。肌身離さず身につけておいてください。きっと、冒険の助けになりますから」
ジーバはエンナの左手の中指に指輪をはめた。中粒の真珠がエンナの指に光る。
アルバートはジーバとメイドたちに手を挙げた。エンナ、ルーブ、サンも礼をし、アルバートと並んで歩き出した。
「う~、いよいよ出発か……」
サンは胸の前で両手の拳を握りしめながら言った。
「緊張してんな」
ルーブはサンをチラッと見た。
「気を引きしめて行かなきゃ」
エンナも心臓部分に手を当て息を吸ったり吐いたりしている。
「そう固くならなくても大丈夫だよ。僕だって戦えるんだし」
「えっ?」
エンナはアルバートの顔を振り返った。
「言わなかったけど、僕もマジッカーなんだよ。それもエンナと同じ、赤のね」
「そうなんですか⁉」
エンナは驚き、声を上げた。
「女王様と二人で旅をしてた頃があったんだ。その時に一通りの色彩魔法はつかったよ。でも使える色彩は一人一色って決まってるからね。それで最終的に赤に落ち着いたわけ」
「へえ……」
サンが呟く。
「なんで赤に?」
エンナが訊ねる。
「一番使いやすかったからかな。それに僕、髪がえんじ色だし」
アルバートは前髪を指で持ち上げながら笑う。
「さ、そろそろ次の能力を訓練しようか。まずはエンナ……そのリボンの色を戻して外してごらん」
エンナは髪の結び目についているスカーフを外した。エンナが触ると同時に、鮮やかな赤い色が戻った。
「これでいいですか?」
「それを、どこまでも伸びるようにイメージして」
エンナはスカーフの両端を持ち広げると、目をつぶった。
途端に、スカーフが見る見る伸び、エンナの持っていない方の両端が地面についた。
「うわっ⁉」
エンナは目を開け、驚き、声を上げた。
「の、伸びた⁉」
サンも驚き、声を上げ、ルーブも目を丸くした。
「そうか、これが」
「そう。二段階目の能力、『物体変化』だ。受け継いだ色のものを操れる。形を変えたり、質量を変えたり、材質を変えたり」
「すげ……」
サンは感心した。
「君たちもやってみて」
アルバートは自分のリュックからビニール製の小さなボールと堅そうな石を取り出し、サンにボール、ルーブに石をそれぞれ渡した。
「ボールが黄色、石が青だよ。色を戻して操ってみな」
サンとルーブが意識すると、それぞれの色が元に戻った。
「ちなみに、浮かしたり壊したりすることも可能だよ」
アルバートが説明する。
「うん……こんな感じ?」
サンはボールを両手でつかみ、自分の肩幅ぐらいまでぐにーっと伸ばした。
ルーブは目を閉じると、青い石を持った右手に意識を集中させた。
すると微かに石が宙に浮き、ルーブの手から離れた。
「おっ」
それを見たアルバートは反応を示す。
「ルーブ、君素質があるね。初めての訓練で浮かせられる人は少ないよ」
「……ありがとうございます」
ルーブは「気」を元に戻し、浮かせていた石をキャッチした。
「じゃあみんな、それぞれの持ってる物で、形を変える・材質を変える・浮かすのをやってみようか」
「あの、このスカーフ……最後は元に戻せますか?何というか、大切なものなんです」
エンナは心配そうにアルバートに訊ねた。
「ああ、大丈夫だよ。訓練が終わったら僕が元に戻しといてあげるよ。僕も赤のマジッカーだし」
アルバートはエンナにウィンクをした。エンナは安心し、気を取り直して魔法の練習に戻った。
全員が言われたことを一通りやり終えた頃、アルバートは歩を進めながら言った。
「よし、次は三段階目の能力、『創造』に移るよ。この能力は、自分が想像したものを生み出せる」
「ええっ⁉なんすかそれ⁉最強じゃないっすか‼」
サンは興奮して体を震わせている。
「一つの色に限るけどね。ここからはもっと集中力が必要だ。エンナ、ルーブ、サン、それぞれ『自分が受け継いだ色の物』を何でもいいからイメージしてみな」
「はい!」
「……」
「んー……とぉ……‼」
エンナ、ルーブ、サンはそれぞれ目をつぶる。サンはまだ興奮しているのか、微妙に落ち着きがない。
「細部まで細かく、強く、鮮明に。そこに存在するかのように」
しばらくしてエンナの手にはリンゴが、ルーブの手には青く輝く石が現れた。
「わっ⁉」
「まさか……」
サンはしばらく唸っていたが、ようやく手の上にバナナが現れた。
「うおっ⁉すげえ‼」
「これが色彩魔法の本領発揮さ」
アルバートは得意げに笑った。
「サファイアを創造したんですが……これって本物なんですか?僕あんまり実物見たことないんですけど」
ルーブは青く輝く石をアルバートに見せた。
「うん、この力は想像力が重要だからね。サファイアだとイメージすれば一応そうはなるけど、例えば宝石鑑定士のようによく見てる人が出した方がより本物に近くなるね」
「なるほど……」
「ちなみに持続時間は人によって違う。長い人なら三日ぐらい持つかな。だからって宝石を売って金儲けしちゃだめだよ」
「そんなことしませんよ……」
ルーブは目を細めながらアルバートを見た。
「じゃあ皆、次はそれぞれ出せるものを目標十個創造してみろ。制限時間は十分!よーい、スタート!」
「ええ⁉」
「なっ……」
「ちょ、ちょっと待って……‼」
いきなり難題を出され、三人は慌てる。
「ええと、トマト、いちご、りんご……」
エンナは慌てながら思いつくものを指折り数えていった。
ルーブは何やらブツブツ言いながら創造をしていた。地面には先ほど出したサファイアと、それとは違う青く透明に光る結晶のようなものがあった。
「ええと……あとなんかあったっけ⁉意外に思いつかねーぞ⁉」
サンはバナナとレモンを出したところで止まっている。
アルバートは口に手を当てながら三人を観察していた。三人とも性格が違うので見ていて面白いのだろう。
7 三人の個性
十分経過。
「はい、終了!」
アルバートは手を叩き、エンナたちの創造をストップさせた。
「ん~と、まずエンナは……五個か」
エンナの周りには、トマト、いちご、りんご、ルビー、唐辛子が転がっていた。
「つ……疲れた……」
エンナは地面に手をつきへたり込んで座っていた。
「『創造』は集中力がいるからね。体力と精神力も削られるよ」
「言ってくださいよ……それ」
「お次はルーブ……おっ、六個!この青い結晶は、何だい?」
アルバートは、地面に落ちてある透き通った青い物体を指して訊ねた。
「硫酸銅です。触ると危険です」
「へえ……どこでこれを?」
「理科の教科書で見て、記憶に残ってたから」
「なるほどね……」
アルバートは手で顎を触り二回ほど頷いた。
地面には、サファイア、硫酸銅、ぶどう、ラベンダー、青いバラ、ナスがあった。
アルバートは感心すると、続いてサンに目をやった……が、その瞬間アルバートが気まずそうな笑顔になった。
「サン……君は……」
サンは芝生の上で体操座りをしていた。顔を伏せている。
近くにはバナナとレモンとタンポポがあった。
サンは顔を上げ、目を潤ませ歯を食いしばりながらアルバートを見た。
「だって、全然思いつかねーんだもん‼仕方ないんだよ、オレ頭悪いんだ!」
アルバートは後ろ頭を掻き、苦笑した。
「色々あるじゃないか。イチョウ、ひまわり、とうもろこし、パプリカ……あと金とか」
「あ―――っ⁉」
サンは頭を両手で抱え苦悶の表情で叫んだ。
「まあ、今知ったから問題ないさ。黄色ってのは使い方を思いつけばなかなかに強い色だよ」
「うぅ……」
サンはまだ立ち直れずに落ち込んでいる。ルーブがサンの肩をポンポンと叩いた。
「ところでサン」
「……はい?」
「さっきは『物』にとらわれていたから出せなかったようだけど、黄色は属性としては一番強力なんだよ」
「……属性?」
「雨雲とともに現れる、黄色い光はなんだい?」
「あっ!雷⁉」
「そう」
アルバートは笑う。
「そうか……」
「君は、そういう力も使えるんだよ」
サンの表情が一気に明るくなった。
「じゃあ、私は……炎!」
エンナの頬が紅くなった。
「俺は……水ですか?でも水って、透明ですよね」
「ここで第四段階目。『イメージ』の能力だ。色がイメージするものを生み出せる。つまり君が水は青、というイメージを持てれば使える。ただ本当に青色じゃないから生み出したり操るには慣れが必要だ。まあ、君なら素質があるから充分使えるよ」
「そうですか……」
「属性魔法は戦いで最も役に立つ力だからね。今からこの人形を僕が右手に持つから、君たち三人は魔法でこれを僕の手から落としてみせて」
アルバートはそう言いながらリュックから小さなマスコットのようなものを取り出した。アルバートをモデルにして作られた、手縫いの人形だ。デフォルメがきいていてなんとも可愛らしい。
「なんですか、それ?」
ルーブが人形を指差す。
「女王様に作ってもらったんだ。お手製だよ」
「かわいい……」
エンナは羨ましそうな眼差しで人形を見ていた。
「女王様は裁縫が趣味でね。城に何個もあるから、焦げたり汚れたりしても構わないよ。これは訓練用」
アルバートは右手にズボッと人形をはめた。パペットのようにもなるらしい。
三人はアルバートと向かい合うように並び、それぞれ構えた。
「そうだ、もしこれを落とすことができたら、最初の一人だけ何でも一つ願いを聞いてあげるよ」
『えっ⁉』
「王宮でできることに限るけどね」
「お城の料理食べ放題とか⁉」
サンが目を輝かせる。
「お城の泡風呂入り放題とか⁉」
エンナも目を輝かせる。
「王女様とイチャつき放題とか……」
エンナがルーブの後ろ頭をぶっ叩いた。
「はは、王女様に聞いとくよ」
アルバートは困ったように笑いながら言った。
「よっしゃ!やる気出てきた!」
サンが両こぶしを握る。
「絶対あたしが!(ルーブにとらせるわけにはいかない)」
エンナも右腕を曲げ、前に突き出す。
「ふぅ……(何時間してくれるかな……)」
ルーブは息を吐いた。
「じゃあ、どうぞ」
アルバートはスマートに言った。
「んっ……!」
エンナは右手から小さな火の玉を出した。ゆらゆらと不安定に動き回る。エンナが操ろうとすると、サンのいる方向に揺れ動いた。
「うわ、こっちにあてんなよ」
サンは揺らめく火の玉をはらうように右手で顔の前を仰いだ。
「コントロールが難し……」
ルーブはポン、と音を立てると左手で水の球を作った。すい、と手を動かし水でエンナの火の玉を消す。火と水が相殺し、両方が消えた。
「あっ⁉何すんのよ⁉」
「危なっかしいんだよ、エンナは」
ルーブはやや勝ち気な含み笑いをエンナに向け、水の球を人形に向けて放った。
アルバートは右手をひょいっと動かし水をよけた。水の球はアルバートを通り過ぎ地面に落ち、パシャッとはねた。
「まだまだ弱いねー。コントロールはいいんだけど」
ルーブは眉間にシワを寄せた。
「じゃあ今度は俺!」
サンが一歩前に出、右の拳を左手で叩くと、ルーブは顔をひきつらせてサンから二、三メートルほど離れた。それを見たエンナも何か勘が働いたのかのか二、三メートル下がった。
「んん~……」
サンは右手を前に突き出し、左手でそれを支えると体全体に力を入れた。しばらくして、サンの右手から黄色い玉が出現した。そして少しずつ電気を帯びてから、バチバチッと黄色い雷を発生させた。
「お!でき……」
サンが雷を発生させられたことに喜ぼうとすると、集中力が分散したのかそれに伴い電撃も分散し、四方八方に飛び散った。
バリバリバリバリ‼
「うわあっ‼」
「言わんこっちゃない!」
エンナとルーブは頭を抱え、地面に伏せた。
アルバートはすばやく近くの木にジャンプして登っていた。
「……」
サンは目を見開きそのままの体勢でフリーズしていた。かすったのか、前髪が若干焦げていた。
「ははっ、これじゃ誰一人無理だねー」
アルバートはそう言うと、木から飛び降り、そのまま林の中へ走り出した。
「あっ、アルバートさん⁉」
「どこへ行くんですか‼」
エンナとルーブは叫ぶ。
「走ってる僕の手から人形を落としてみな!」
エンナとルーブはアルバートを追いかけるため走り出した。
8 エンナVSルーブ
「ちょっと!並んで走らないでよ!また邪魔する気⁉」
エンナとルーブは道を外れ、林の中でアルバートを追っていた。
「標的が一つなんだからしょうがないだろ。エンナこそ邪魔するなよ」
「ぜったいとらせないんだから!」
「はは、嫉妬してるのか?」
「何に嫉妬するっていうのよ!バカじゃないの⁉」
「エンナが俺に勝てるかな」
ルーブは走るスピードを上げた。短距離走、長距離走共にルーブの方が記録は上だ。
「とらせない、なんてセリフはコントロールができるようになってから言えよな!」
ルーブはエンナを引き離し、アルバートとの距離をつめた。
「……っ‼」
エンナは歯を食いしばり、ルーブを睨みつけた。
ルーブは走りながら先ほどより二、三センチ大きい水の球を作った。よく狙いを定め、アルバートの右手へ飛ばした。
アルバートはチラッと後ろを振り返ると走りながら右へ飛び、水の球を再びよけた。
「くっそ……!」
ルーブは歯を噛みしめた。
「ならこれならどうだ」
ルーブは手の平からサファイアを生み出し、人形に向かって放った。
「おっ」
アルバートは左右に飛びながらサファイアをよけた。
「これなら水の球みたいに消える心配はないからな!」
ルーブは物体を操るのに慣れてきたのか、表情に硬さがなくなってきていた。
「ふう……ちょっと分が悪いな」
アルバートは走りながら呟いた。
その時、ルーブの後ろでパチパチっという何かが燃えるような音が聞こえた。
「ん?何だ?」
ルーブが後ろを振り返ると、赤い炎が草を焦がしながらルーブを追いかけるように迫ってきていた。その後ろにはエンナがいる。
「げっ⁉」
エンナはアルバートとルーブの間に割って入らせるように火の玉を猛スピードで放り投げた。ここは林の中――たちまち辺りの植物に火が移り、燃え広がった。
ルーブは植物の少ない所に移動したが、間もなく周りを炎で囲まれてしまった。
「こ、殺す気かよ!」
ルーブは冷や汗を流しながら叫んだ。
「安心して。ルーブの周りだけを火で囲ったから。あたしの方には火が来ないようにコントロールしてあるわ」
「そんなこと聞いてねーよ……」
炎が激しく音を立てて燃える。さっきは冷や汗だけだったが、熱によりルーブの体から汗が出てきた。
「ぜったい許さないんだから……‼」
ルーブを取り囲む炎のせいで表情は見えないが、炎の外にいるエンナからは、憤りのオーラを感じた。
ルーブは汗を流しながら水を創造し火を消そうとしたが、ホースで水を出したような勢いの水しか出ず、炎の壁を消すことはできなかった。
「う……」
「ぜったいとらせない……‼」
エンナはルーブを取り囲む火だけが消えないように意識を集中させていた。
「も……もう勘弁してくれよ、エンナ……」
ルーブは汗だくだくになりながら地面にへたり込んだ。
「さっきの言葉、取り消す⁉」
「さ…さっきの言葉って……何だよ……」
エンナは頬を赤らめ、大声で怒鳴った。
「あんたが言ったくだらない願い事のことよ――っ‼」
「わ……わかった……取り消す……だから火を消してくれ……」
ルーブは座り込みながらエンナに懇願した。
エンナはルーブを囲んでいた火を消した。周辺の草の丈は三分の二ほどが焦げている。
ルーブが姿を見せた。地面にうつぶせになって寝ている。
「み……水……」
「自分で出せばいいじゃない」
エンナはハッと顔を上げた。
「あれ、アルバートさんは?」
9 意外性の三人目
「追ってこないなぁ……」
アルバートは走る速度を緩めながら呟いた。元の道に出るように計算して走っていたのだが、エンナとルーブが追いかけてこないせいで、大分早く元の道に出てしまった。
「あっ」
アルバートが道に出ると、サンと鉢合わせた。サンは声を上げ、右手を銃の形にし、人差し指を突き出した。サンの指先から電撃の糸が放出され、アルバートのいる方向へ進む。
「くっ」
アルバートは電撃をよけるため走る方向を右へ変えるが、電気の糸は標的の動く方へ向きを変え、アルバートの体に当たった。
バチィッ!
「つっ!」
アルバートはよろめいた。動くスピードが一気に落ち、サンから四、五メートル距離を取りつつ向かい合う体制になるように体を動かし止まった。だいぶ息が上がっている。
「ここに戻ってくるって……分かってたのか……?」
アルバートは息を荒げながらサンに訊ねた。
「いや?たまたまここにいたらアルバートさんが走ってきただけですよ」
サンは口のはじを吊り上げながら答えた。
「オレ、エンナやルーブより魔法の扱いが下手くそだから、ここで練習してたんですよ。あの木を使って」
サンは人差し指を近くにある木に向けた。木の色々な部分が焦げたあとができていたが、真ん中辺りが一番黒く変色していた。
「やっと、狙った場所に当てられるようになってきたところなんです」
サンは笑った。アルバートは汗を垂らし、苦笑いをした。
サンは手の平をアルバートに向け、電撃のかたまりを放った。アルバートは体をかがませよけるが、動きが先ほどより鈍くなっており完全にはよけきれず背中にかすった。
バチバチッ‼
「ぐあっ‼」
しかし足を踏ん張り、人形を落とさないように堪えた。
「それでもまだ落とさないんですか……」
「僕にだってプライドがあるんだよ」
「次で最後ですよ!」
サンは広げていた右手を再び人差し指だけ突き出した形にし、銃を向けるように構えた。
「あっ!いた!」
エンナとルーブが林から現れた。林の中を引き返してきたらしい。
サンは電撃の「針」をすばやく飛ばし、アルバートの右手に命中させた。
「いでっ!」
アルバートの手から人形が放れた。人形は輪を描き、宙に舞う。
「あっ……」
エンナは声を上げる。
「そうはいかないよ!」
すかさずアルバートは左手で人形をつかむ。つかんだ時に踏み出した左足が、何かを踏んだ。
「うえっ……⁉」
踏んだ黄色の物体は地面を滑り、アルバートは前向きに転んだ。再び人形が宙を舞い――地面に、落ちた。
「あ……」
「マジかよ」
エンナとルーブは呆気にとられた。
「よっしゃあああ‼」
サンはガッツポーズをとった。
「いってててて……」
アルバートは目をつぶりながら体をさすった。
「すみません、アルバートさん……大丈夫でした?」
サンが申し訳なさそうに声をかける。
「これは……バナナの皮?」
アルバートは自分が踏んづけた物体を見て言った。
「まさか君、僕の動きを想定してこれを仕掛けておいたのか?」
「いや……さっき『創造』の訓練でバナナを出したでしょ?おなかがすいてたもんで、つい食べちゃって……そのあと、なんかこれ利用できないかなって思って、誰かが踏みそうなところに置いといただけなんですけど……」
サンは困ったように笑いながら人差し指で頬をかいた。
「と、いうことで」
アルバートは立ち上がり服の埃をはらった。
「今回の勝利者はサン、君だ」
「お城の料理食べ放題ですね‼」
サンは目を輝かす。
「ま、それは無事旅から帰ってきた後だけどね」
「あ、そっか……」
「まあそんなこんなで、君たちも気がつけば魔法がコントロールできるようになってきただろ?」
「あ、ほんとですね」
「言われてみれば」
「夢中でやってたおかげか」
エンナは自分の手を握ったり開いたりしながら見た。
「じゃあ少し早いけどお昼にするか。魔法の訓練は一時中断」
四人は道の端の芝生にシートをひき、そこに座って弁当を広げた。
⒑ 効果魔法
「ごちそうさま」
エンナは両手を合わせると、空になった弁当箱の上に箸を置いた。
弁当を全員が食べ終わり、エンナは先ほど出したりんごを、ルーブはぶどうを食べていた。
サンはあぐらをかき、自分が出したレモンを手に取り眺めていた。
「レモンの砂糖漬け食いたいな……」
サンはレモンと、エンナやルーブが食べている果物を交互にチラチラ見ながら呟いた。
「女王様がいれば砂糖が出せるけどね」
アルバートが言う。
「えっ?」
サンはアルバートの顔を見る。
「ああ、言ってなかったっけ。女王様は白のマジッカーだよ」
『ええっ⁉』
三人は驚いた。
「大体予想はつくだろ」
「そうだったんですか……」
エンナが言った。
「よし、じゃあそろそろ出発しようか。っとその前に」
三人がシートから立ち上がりかけたところをアルバートは制した。
「付加魔法の説明だ」
「フカ魔法?サメでも召喚するんスか?」
サンがストレートに聞く。素で分かっていないらしい。
ルーブが呆れた目でサンを見る。
「付加ってのは付け加えるって意味だよ」
アルバートは若干笑いながら説明する。
「この魔法は『物体変化』や『創造』とは違って、比較的簡単にいつでも出せる魔法だ。色彩効果、とでも言うべきかな」
「色彩効果?」
エンナが聞き返す。
「そう。エンナ、赤と言ったらどんなことをイメージする?」
「えっと……情熱、とか?」
「そんな感じだ。自分がイメージする『色の効果』を自分や相手に与えられるんだ」
「なるほど……」
「他にも、赤は『熱い』ってイメージがあるだろ。炎を出さなくても、そういう『効果』を相手にぶつけることも可能だ」
「へえ……」
エンナは感心する。
「じゃあ僕は、冷静とか、冷たいとかですね」
ルーブが言う。
「そうだ。そこでサン!」
いきなり名指しで呼ばれ、サンは反射的に体を反らした。
「な、なんですか⁉」
「今から二人に色彩効果を当ててみてほしい」
『えっ⁉』
驚いたのはエンナとルーブだった。
「ちょ、ちょっと待って、いきなり?」
「大丈夫かよ……」
エンナとルーブは少し焦った。
「さっきの訓練で一番だったのはサンだろ?大丈夫、彼ならできるよ」
四人はシートを畳み、芝生の上にお互いが向かい合うように立った。
「えっと」
サンは焦りながらエンナとルーブを見ていた。
「何で僕が君を指名したか、わかるかい?」
「い……いや……」
「黄色がイメージするものを言ってみな」
「えっと……希望とか、元気……?」
「それだよ」
「あっ、そうか!それを当てれば元気になるのか」
「そういうこと。さあ、やってごらん。光を手から出すイメージをするんだ」
サンは息を吸い込み、右手を前に出す。
「……」
サンの右手から黄色い光が出た。暗闇の中のホタルの光のようにそれはまばゆく光り、エンナとルーブの体に当たった。
「あ……」
「おっ」
エンナとルーブの体の、光が当たった部分が黄色くぼうっと光った。
「どうだい?」
アルバートが訊ねる。
「なんか、心なしか元気が出てきたような気がする」
「ああ……」
エンナ、ルーブの順に答える。
サンは安堵のため息をついた。
「サン、自分にもしてみな」
アルバートに言われ、サンはエンナとルーブにしたように自分に黄色い光を当てた。
「……おっ」
サンの体の中心が黄色く光り、次第に光が消えて行った。
「エネルギーを感じるだろ?」
「はい、なんとなく」
「魔法を鍛えればもっと強い効果が出るからね。要は慣れだ」
アルバートは左手につけてある腕時計を見た。
「さあ、もう午後だ、急ぐぞ。今日中にはダークネスに着かないと」
アルバートは早足で歩き始めた。それにつられて三人も足を速め始める。
⒒ ブラックの手下
晴れていた空は雲に覆われ、濃い灰色の青空は姿を隠していた。雨は降りそうにはないが、太陽も雲に覆われ、光が差し込まず、なんとなくだが薄暗い。
「なんかパッとしない感じだな……」
サンが早足で歩きながら呟く。
「三人とも、もうすぐダークネス行きの船がある港に着くよ」
アルバートは先頭を歩き、三人を振り返りながら言った。
「本当ですか」
「待て、お前ら」
「止まれ!」
「⁉」
作業服を着た、二十代ぐらいの男性が二人、エンナたちの前に立ちはだかった。二人とも拳銃を持っている。
「お前ら、どこへ行く?」
「色彩が消えて民衆はほとんどが家に閉じこもっているというのに……何を出歩いている?」
男二人は交互に喋る。
「はあ?」
エンナは二人をうっとうしそうに睨みつけた。
「どこへ行こうが、何で出歩こうがあたしたちの勝手でしょ」
二人はエンナたちを検問するような目つきでじろじろと観察した。
「なあ、こいつら、もしかしてブラックの手先じゃないのか」
ルーブは小声でエンナに耳打ちした。
エンナは目で訊ねるようにアルバートを見た。アルバートは頷く。
「お前らもしかして……何か特別な『つかい』を頼まれた者じゃないだろうな?」
「行き先はどこだ?方向からして、ダークネ……」
二人が喋り終わらないうちに、ルーブは二人に水をぶっかけた。
「サン!」
ルーブは目でサンに「行け」と言っている。
サンは右手から電気を発生させ、電撃を二人に浴びせた。
バリバリッ‼
「ぐあぁ‼」
「ぎゃっ‼」
男二人は地面に倒れた。地面には水溜りができている。
「これで良かったんですか?アルバートさん」
サンが訊ねる。
「ああ、明らかにこいつらはブラックの手下だ」
「やっぱり」
ルーブが倒れた二人を見ながら言った。
「さあ、港はすぐそこだ。急ごう」
アルバートは早足で歩き始めた。エンナ、ルーブも後に続く。
林の道を抜け、広い海が見えてきた。漁業をするための船や他の国へ渡るための船が何隻か泊まっている。
「ここでダークネス行きの船に乗るんですね?」
エンナがアルバートに聞いた。
「いや」
「え?」
否定したアルバートにエンナは思わず聞き返した。
「ダークネス行きの船は出ていない。普段でさえダークネスに出る船は少ないが、こんな事態だ、停止していてもおかしくない」
「じゃあ、どうやって行くんですか?」
エンナが問う。
「それは……」
「ちょっと待ってください。サンは?」
アルバートが話し出そうとしたところにルーブが割り込んだ。
エンナとアルバートは辺りを見回した。確かに、サンの姿がない。
「おーい!」
後ろからサンが駆けてきた。三人は振り返る。
「どこ行ってたんだよ」
ルーブが訊ねる。
「いや、あいつらブラックの手下だろ?ブラックの弱点とかさ、なんか情報聞けないかと思って」
「お、脅したの?」
エンナが意外そうに聞く。
「ちょっとな。攻撃はしてないよ」
「で、何か分かったのか?」
ルーブがサンの目を見ながら言った。
「ブラックは、英語が好きらしい」
エンナとルーブは体をがくっと傾かせた。
「なんだそりゃ!」
「どうでもいいわよ、そんなこと‼」
ルーブは声をあげ、エンナもツッコんだ。
アルバートは困ったように笑った。
「三人とも、そろそろいいかい?」
エンナ、ルーブ、サンは気を取り直してアルバートの方に向き直る。
「ダークネスにどうやって行くか。それは」
アルバートは港に泊まっている一隻の船を指差した。
「あれで行く。王宮が所持している船だ」
指差した船は、小さくはないが大きいとも言えない中ぐらいのモーターボートだった。三、四人が海に釣りに出るときに使うような感じのものだ。
「……これですか?」
サンは船の近くに行き、しげしげと見た。
「……なんというか、オーソドックスな感じですね」
ルーブも船を見て感想を言った。
「はは、豪華客船を想像してたかい?」
エンナは何とも言えない表情で船を見つめていた。
「この船は操縦が小回りがきくし、スピードも出るんだ。急いでるならこれが一番いい」
ルーブは納得したのか頷いた。
「わかりました。じゃあ、早く乗りましょう」
ルーブはアルバートに乗船を促した。
「それなんだけどね。僕は乗れない。君らとはここでお別れだ」
『えっ⁉』
唐突に別れを切り出すアルバートに三人は驚いた。
「な、何でですか⁉」
サンがアルバートに問いただす。
「君たち三人なら、きっと乗り越えられると信じてる」
アルバートは理由を言わず言葉を紡ぐ。
「だから、どうしてですか!」
エンナが問い詰める。
「ごめん……。女王様をほっといては行けないんだ」
アルバートは哀しげにうつむきながら言った。
エンナは目を開き、悟ったようにアルバートを見つめる。
(やっぱりあの二人は……)
「本当にすまない。三人と一緒に行きたいんだけど、実はさっきから気が気じゃなくって……」
ルーブは冷静な表情になると、アルバートに言った。
「わかりました。僕たち三人で行ってきます。いいよな、サン」
ルーブはサンの方を振り向いた。
「ああ……そういうことなら仕方ないよな」
サンも頷く。
⒓ 海上の奇襲
エンナ、ルーブ、サンはモーターボートに乗り、岸に立って見送ろうとしているアルバートの方を見た。
「じゃあ、行ってきます!」
サンは元気に出発のあいさつをする。
「女王様によろしく言っといてください」
ルーブはアルバートに渡された海図と地図を持ち、操縦席に座ったまま手を振る。
「本当にごめんな。一回城に帰ったら、またすぐ追いつくから」
アルバートは申し訳なさそうな顔で謝った。
「必ずダークネスに辿り着きます!」
エンナも明るく言う。
ルーブはエンジンをかけ、船を発進させる。エンナとサンはアルバートの姿が小さくなるまで手を振った。アルバートはいつまでも居そうな雰囲気で、寂しげに立ったままエンナたちを見送っていた。
「ふう……」
サンは一息つく。
「ルーブ、操縦は大丈夫?」
エンナは操縦席に座っているルーブの方に身を乗り出して聞く。
「地図と海図見ればなんとか……スピード上げるぞ」
ルーブは操縦席で船の速度を上げる。
天気は晴れており風も穏やかだ。
三十分後。
「このまま真っ直ぐ行けばダークネスに着きそうだ」
ルーブが海図と舵を確かめながら言う。
「そろそろ岸が見えるかしら」
エンナが遠くを見ようと身を乗り出した瞬間。
船が揺れ出し、強い振動が三人の体を伝った。
「何⁉」
「なっ……」
「何だ⁉」
ゴゴゴゴゴ……
突然、船の正面の水面から透明なクジラのような生き物が現れた。――いや、正確に言えば全身が海水だけでできた「水の魔物」だ。
「なっ、何これ⁉」
エンナは目を丸く見開き、仰天した。
「これは……海水でできた魔物⁉」
ルーブが冷静に見きわめるために分析しようとする。
「なんだこりゃ‼ありえねーっ‼」
サンは慌てふためき、大声で叫ぶ。
水の魔物は船を沈めようと体当たりしてきた。魔物が船にぶつかり、大きく揺れる。
「きゃあっ!」
「ぐっ!」
「うおわ――‼」
三人は一斉に声を上げる。サンの体がバウンドし、船から落ちそうになる。サンは慌てて船のふちにしがみつく。
「な、なんなんだよ、こいつは⁉」
サンはパニックになり、顔を青くしていた。
「突っ切るぞ‼船にしがみつけ‼」
ルーブは船のエンジンを全開にし、フルスピードで海上を突き進む。魔物をよけて進むために取り舵をとった。
「うわだだだだ‼」
エンナは目をつぶり、必死の形相で船にしがみつく。サンは両手はしっかりと船の後ろの出っ張り部分を掴んでいるが、体のほとんどは船からはみ出ており、手を離せば確実に海へ落ちる状態だ。
ルーブは操縦中、何か人影が宙に浮いているのを発見した。距離が遠いのと逆光とでよく見えないが、何か跨る乗り物に乗っている。
「なんだ、あいつは……?」
ルーブの巧みな操縦で魔物を追い抜かしたが、後ろから執拗に追いかけ、追突してくる。その度に船が大きく揺れる。
「きゃ―――っ‼」
「は、吐きそ……」
エンナは叫ぶ。サンは死にそうな表情で船にしがみついていた。
魔物が追突するたびに海水が船に大量にかかる。
「このままじゃ沈むのも時間の問題だぞ‼なんとかならねーのかよ‼」
サンは叫ぶ。
ルーブは頭を回転させた。
(ここは海……!俺なら海水を操って対抗できるかもしれない……だが操縦してるのは俺だし……なら!)
「サン!後ろの魔物を、雷で破壊できないか⁉」
「この状態でどうやって狙い定めろって言うんだよ!」
サンは再び叫ぶ。両手で船の出っ張りにつかまったままだ。
「あいつは、俺らに追突するときに勢いをつけるために一瞬身を引く。その時船から離れるから、そのタイミングをエンナが見てサンに合図してくれ、そしたらなんとかなる!」
「合図って……しがみつくので精いっぱいよ!」
エンナは目をつぶりながら言った。
「頼む、頑張ってくれ‼」
ルーブは懇願した。
「……わかった」
エンナは意を決し、おそるおそる目を開けて少しずつ後ろを振り向く。
「うわーっ‼」
またもや魔物が追突してきた。サンが叫ぶ。船が大きく揺れ、海水が三人にかかる。
(引く時……タイミング……‼)
エンナは打ち上がる水しぶきの中、魔物の動きに全神経を集中させた。
「今よ‼」
サンは右手を放し、後ろに向かって大きな雷の塊を撃った。
バリバリィッ‼
電撃が魔物に命中し、水の塊が爆発した。
バッシャアアアン‼
「うわ――っ‼」
「キャ――――ッ‼」
「うおおおおおっ‼」
ルーブ、エンナ、サンの順に悲鳴を上げ、三人は船ごと吹っ飛ばされた。
⒔ 分かれ道の看板
「う……」
エンナは目を覚ました。顔のすぐ近くに砂がある。目を開けようとしたが、視界がぼやけた。
「ケホッ、ケホッ」
エンナは体を起こした。軽くせき込み、辺りを見回す。
「ここは……」
白い砂浜と海岸際だけ青い海、緑のヤシの木が見えた。どうやらどこかの海岸に打ち上げられたらしい。パラディナと違い、砂、木、草等に色が付いている。着ている服も色が戻っていた。
少し離れた場所、エンナの左側にルーブ、右側にサンが倒れていた。
「ルーブ、サン!」
エンナは立ち上がり二人を呼ぶ。
「う……」
サンがうめく。
「ここは……?」
ルーブは体を起こす。
エンナは辺りを見回し、船を捜した。ルーブの向こうにひっくり返ったまま転がっていた。
「海岸に打ちつけられたみたいね」
エンナが言う。
「無事……ダークネスに辿り着いたのか……?」
サンが誰に対してでもなく問いかけた。
「あのまま流されたなら、方向としては辿り着いていておかしくないと思うんだが……」
ルーブが答える。
エンナはひっくり返った船の方に近づき、様子を見た。
「あーあ……これは、また乗れるかどうか微妙ね……」
エンナはうつぶせになっていた船を起こし、正常な向きに戻した。中は砂だらけだ。
「ルーブ、地図は?」
エンナが聞く。
ルーブはズボンのポケットからぐしゃぐしゃになった地図を取り出した。
「ボロボロだけど、読めないことはないよ。かろうじてわかる程度」
ルーブは地図を広げ、自分たちのいる位置と照らし合わせながら見た。
サンは咳をしながらシャツやズボンについた砂をはらった。
「……とりあえず、進んでみるか。ダークネスに着いたのは間違いなさそうだし」
ルーブが提案し、三人は海から続く道へ出た。
三人はルーブの見る地図を頼りに、ブラックのアジトがあるであろう山の方に向かっていた。
「しっかし、今まで白黒だったせいで、色が付いてるのを見ると嫌だけど新鮮だな」
サンが歩きながらぼやいた。嫌だけど、というのはここがダークネスだからだろう。
しばらく歩くと、三本の分かれ道に差し掛かった。三人は立ち止まる。
「道はどれだ?」
サンがルーブに問う。ルーブはじっと地図を確かめるが、しばらく黙ったままで、数秒後に口を開いた。
「……乗ってない」
ルーブが呟いた。
「え?どういうこと?」
エンナが訊ねる。
「地図には分かれ道がないんだ」
エンナはルーブの地図を取り上げ、確かめる。
「……ほんとね……」
エンナは呟く。
「何か看板があるな」
左右の分かれ道の真ん中に、立札が立っていた。ルーブは近づき、文字を読み上げる。
「ええと……『世界から言葉をとったが、一つだけ文字が残った。その文字の意味する方向へ進め』」
「……え?」
エンナは訳が分からず顔をしかめた。
「世界から言葉を取る?」
サンも首を捻る。
「世界から言葉を取ったのに、一文字だけ文字が残ったのか?」
「これ、ブラックが考えた問題よね。ブラックが考えそうな答えって……」
エンナが言う。
「自分、とか?」
サンが答える。
「でもそれじゃ意味が分からないぞ。一文字でもないし」
ルーブが口を挟む。
「なあ、ブラックは確か英語が好きなんだろ」
サンがふと思い出したように口にする。エンナとルーブは目を見開きサンを見つめた。
「そうか、それだ!」
ルーブが言った。
「『自分』は英語で……I、じゃない?」
エンナが確信したような表情で言う。
「でも、『その文字の意味する方向へ進め』だろ?Iってどっちだよ。右か左か真ん中しかないのに」
サンがエンナの答えを否定する。
「右……左、真ん中……」
ルーブは一人でぶつぶつと呟いていた。
「じゃあ愛は?世界から言葉を取ったら、愛が残る。だからIよ!」
「ブラックがそんな答えにするかよ!それにその答えじゃ意味が分からないって言ってんだろ!」
エンナとサンが言い争っている傍ら、ルーブが木の棒を持ち地面に何か書き出した。
「わかった」
ルーブが呟いた。
『え?』
エンナとサンは同時にルーブを見た。
ルーブは地面に「WORLD」という文字を書いた。
「世界は英語でWORLD(ワールド)。言葉は英語でWORD(ワード)。世界から言葉をとる、すなわちWORLDからWORDをとったら何が残る?」
「『L』ね!」
「そうか……そういうことか!」
エンナは答えを言い、サンは納得した。
「で?Lって何を意味するんだ?」
サンの問いかけにルーブが答える。
「右は英語でRIGHT(ライト)、真ん中はCENTER(センター)、左はLEHT(レフト)。レフトの頭文字はL。つまりLは『左』を意味する」
「おおーすげー‼」
「ルーブ、天才!」
サンとエンナは歓喜した。
「英語は得意だしな。つーか二人とも、これぐらいできねーと中学で困るぜ」
ルーブはさりげなく鼻の下を人差し指でこすり、得意げに言った。
「よっし!じゃあ左だな!」
サンは意気揚々に進む。
「……答えの通りに道がアジトへ通じてるならな」
ルーブがサンの鼻を折るように言った。
「え――?」
サンががっくりと体を落としながらルーブを振り返った。
「……ここで立ち止まって考えてもしょうがないし、とりあえず進みましょ」
エンナはサンを追い越し、左の道を進む。
「そうだな」
ルーブも続く。
「なんだよ……」
サンはやや不満そうな顔でエンナとルーブの後を追った。
⒕ ダーズとマトーラ
道を進んでいくと、段々と道が傾斜し、上り坂になってきた。ブラックのアジトは山の上なので、少し近づいてきた証拠だろう。
「でもさ、色彩魔法ってすげーよな。この力があればどんな奴が現れても何とかなるんじゃね?」
サンは自信ありげに言う。
「過信はよくないぞ……油断しない方がいい」
ルーブはサンを横目で見ると抑揚のある声で言った。
「でもこの魔法があれば船に乗る前に会った奴とかなら一網打尽だろ」
サンが自信に満ちた表情でルーブに言った、その時。
「なぁ~にが一網打尽、だってぇ⁉」
ドシン、と片足を地面にめり込ませた音が聞こえた。
「うわっ!」
「な、何⁉」
サンとエンナは驚き、揺れた体を支えながら声を漏らした。ルーブは何も言わず、声のした方を見据えている。
茶色い芝生のような頭の、からし色の作業着を着た、太った男が立っていた。顔は目が細く鼻がつぶれていて、一言でいえば不細工だ。腕には黒いアームカバーのような防具らしきものをつけている。
「おいダーズ……声がでかい、耳に響く」
数秒後、その男の後ろから、背の高い緑髪の痩せた男が出てきた。白いシャツに緑のネクタイをして深緑色のジャケットを着ている。ズボンもジャケットに合わせた同じ色だ。前から見て左側の目には丸い片眼鏡をつけていた。微妙に伸びたショートヘアの女子のような髪型をしており、不必要にサラサラなのが気持ち悪い。不細工ではないが、なんとなく陰湿そうだ。
「な、何よあんたたち」
エンナは持ち前の気の強さで啖呵を切るが、若干引き気味になっていた。
「ほぉ~ほぉ~……お前らが例の救世主サマってやつか⁉こりゃ笑える、子どもじゃねえか‼」
ダーズと呼ばれた男は額に片手をあて上を仰ぎ、豪快かつ下品に笑った。
「ダーズ、子どもだからって見くびるなよ」
痩せた片眼鏡男はダーズを横目で見ながら言った。
「そうだそうだ‼子どもだからってなめてんじゃねえよ‼」
サンは勇敢にダーズにつっかかる。
「敵に賛同するなよ……」
ルーブが冷静に呟く。
「お前ら、色の力を授かったのが自分たちだけだと思ってるだろ」
ダーズはニヤァッと大小そろってないガタガタの歯をむき出しにして笑った。歯には食べカスだろうか、ネギの切れ端らしきものが詰まっていた。
「まさか……!」
ルーブは身構えた。
「ハッハァ‼」
ダーズはいきなり叫ぶと、両の手から――いや、空中から何かを出した。
「こいつもマジッカーなの⁉」
エンナは汗を垂らしながら言った。
空中から茶色いものが二つ出現し、エンナたちの方へ飛んでくる。
「うわっ‼」
エンナは真正面に飛んできた物体をよけた。もう一方のかたまりをサンはよけきれず、左手でそれを防いだ。
「くっせ‼」
サンは左腕についたそれを思わずはらった。人間なら誰もが知っている異臭が漂う。
「まさかこれって、う○こ⁉」
エンナは叫んだ。思わず一字を伏せ字にしたくなるソレと飛んできたものはよく似ていた。
「絶対う○こだ‼服につくとか最悪じゃん‼」
サンはたまらず逃げ出した。
「ちょっと‼どこ行くの⁉アジトは反対よ⁉」
目的地まではほぼ一本道で、尚且つ行く先にダーズたちがいたため、逃げると必然的に山を下ることになってしまう。エンナはサンを追おうとした。
「ハッハァ!逃がすかよ!」
ダーズは右手をサンとエンナの間の地面へ向けた。大きな裂け目がエンナ・ルーブとサンを引き離した。
「きゃっ⁉」
エンナは急ブレーキをかけ止まる。あと一歩踏み出していたら裂け目へ落ちていただろう。
「おいマトーラ‼そっちの黄色頭はお前が相手しろ‼」
「……命令するな、脳筋男が」
マトーラと呼ばれた片眼鏡男は地面から植物を出し、自身の体を巻き付け宙に浮かせ、逃げるサンの前に裂け目を超えて降り立った。
「うっ‼」
サンは行く手を阻まれ、両手を体の前に出して身構えた。
「俺はブラック様から色の力を一つもらった……色彩能力者だ‼」
ダーズは両手を斜め横に広げ、バンザイのようなポーズをとった。威嚇しているつもりらしい。
「その色が、茶色ってわけ?」
エンナは呆れたような半目をダーズに向けた。
「それから連想する色がアレって……下品極まりないな」
ルーブは呆れるのを通り越して軽蔑していた。
「うるせえんだよガキがっ‼」
ダーズは疣のあるごつい右手を広げ地面に叩きつけた。
地面が柔らかくなり、エンナとルーブの足が土にめり込む。
「何⁉」
エンナは叫んだ。
ルーブは右手を前に突き出し、尖らせたサファイアをダーズに向かって飛ばした。
ダーズは両腕についたアームカバーでそれを弾き返す。どうやら鉄製のようだ。
「効っかねーよ‼しかし咄嗟に攻撃しやがるとは生意気なガキだなぁ‼」
ダーズは指揮をするように右手を大きく振った。
エンナたちの立っていた地面がますます柔らかくなり、水を多く含んだ粘土のようになった。
⒖ 泥色のピンチ⁉
二人の体は土にめり込み、土が波のように覆い被さろうとしていた。
「そのまんま土に埋めてやる‼」
ダーズは地面を操っている手に力を込め、不敵な笑みを浮かべた。
「エンナ、スカーフを使え!俺たちを包み込むんだ!」
エンナは頭のリボンをほどき、ルーブと自身を包み込んだ。
「ここは俺様のフィールド‼地面全部が茶色で出来ているこの場所は俺の支配下だァ‼」
覆い被さってきた土が上から圧力をかけてきた。
「エンナ、スカーフを固くするイメージをするんだ!四角いフィルターのように!」
「ええ⁉ちょっと待って、そんな急に無理よ‼」
スカーフが空気を含んだ球体のまま、エンナとルーブは中に閉じ込められた。緩くなった土が二人を下へ下へ沈める。
一方サンは、気の抜けた表情でマトーラと対峙していた。サンの体は緑に光っている。
「……な、なんか……体がだるい……」
サンは数秒前に、マトーラの「緑色の効果」を当てられていた。
「緑の持つイメージは『平和』や『疲労感』。……当てられた君は闘争心を失う。穏便に行こうよ、穏便に」
マトーラは地面から長い蔓を生やした。それを手に取り三メートルほどの長さでちぎり、サンに近づいた。蔓をロープ代わりにして捕らえるつもりらしい。
「ふんっ‼」
サンは自分の体の心臓のあたりをバシッと叩いた。体全体が黄色く光り、緑の光を弾き飛ばした。
「黄色は『焦り』の意味を持つ……ぐずぐずしてらんねーんだよ‼」
緑の効能が消えたサンはロープを持ったマトーラから離れた。
「うおおっ‼」
サンは両手を前に突き出し雷を出した。無数の電撃派がマトーラを襲う。マトーラは地中から自身の体が隠れるぐらいの大木を出した。雷が大木に当たり、マトーラを守る。
「非電導体だから効かないよ」
「ははっ、ありきたりなセリフ……‼」
エンナとルーブは膨らんだ風船のようなスカーフの中にへばりつくように入っていた。土が覆い被さっているため空間の中は真っ暗だ。
結び目が繋がれていないスカーフの隙間からドロドロと土が侵入してくる。
「このままじゃ生き埋めだぞ……!」
ルーブはこけたような体勢でエンナに言った。
「……そうだ、この土……」
エンナは何か思い出したように呟いた。
二人が泥の海に沈むのを地上から見ていたダーズはニヤァッと不気味に笑った。
「よし、仕上げに地面をもっと固くして出られなくしてやろう」
ダーズはエンナとルーブが沈んだ場所の地面に手をかざした。
「そこまでよ」
ダーズの後ろから声がした。咄嗟に後ろを振り向いたが、丁度斜め下から土でできた三角柱の槍の先のようなものが三つ出現し、それは見事に全部ダーズの背中に命中した。
「ぐがっ⁉」
エンナとルーブはダーズの二メートルほど後ろの地面から飛び出し、泥だらけのまま着地した。
「おっ、お前ら……何で出てこられた⁉」
とっさにルーブは巨大な水の球をつくり、ダーズの全身をそこへ閉じ込めた。
「ごぼがっ……」
ダーズは水の中でもがく。
「この土ね……よく見ると少し赤いのよ」
エンナはかがみ、地面の土を手に取ってダーズに見せた。土は赤茶色だった。
「赤と認識したものは何だって操れる……これはみんなが歩く地面‼あんただけのものじゃないのよっ‼」
「エンナ、溺れてて聞こえてないぞ」
ダーズは半目で口から気泡を吐いていた。
「そろそろ解くか」
ルーブは腕の力を抜いた。水の球が割れ、ダーズは解放された。倒れた場所に水たまりができる。ダーズは気を失ったまま地面に寝転がった。
サンはあちこちに動き、マトーラに電撃を当てようと必死になった。しかしマトーラの動きの方が早く、電撃は樹で防御される。
「くそっ‼」
サンは悪態をつく。
マトーラは素早く屈み、地面に手を当てた。サンの近くから太い緑色のツタが伸び、サンの体に巻きつき、そのまま空中に持ち上げる。
「んぐっ!」
サンは全身に力を込め拘束を解こうとするが、締め付けるツタの力は強く、身動きができない。
「さて、どうするか……気絶させるのが無難かな」
マトーラが右手を空気の球を握り締めるような仕草をすると、サンを締め付けるツタの力が一層強くなった。
「んぎぎぎぎぎ……‼」
サンは全身に力を入れ、締め付けるツタに耐えた。体の左側を傾けている。
「なかなかしぶといね、君」
サンは締め付けるツタからやっとこさ右手を引っ張り出した。そのまま手を太陽のある方向へ向ける。
「照らせ――っ‼太・陽・光・線‼」
サンが叫んだ瞬間、日照りの力が強まり、辺り一面黄色に眩しく光った。
「……っ⁉」
マトーラは両腕で目を覆い隠し、フラッシュから目を守った。
サンをきつく拘束していたツタの力が弱まり、緩くなったツタからサンは脱出し、地面へ着地した。
⒗ 三人そろえば何の知恵‼
サンが脱出したのが遠くから見えたルーブは、何かを思いついたらしく目を見開いた。
「エンナ!土が赤いならあの裂け目、直せるだろ?サンがこっちに来れるようにしてくれ、頼む!」
「わ、わかった」
エンナはサンを引き離した大きな裂け目のある場所に行き、屈んで地面に手を当て地割れが元に戻るように念じた。
「んんんんんんん……‼」
エンナよりダーズの方が腕力があるため、ダーズが割った裂け目を元に戻すのには必要以上に力が要った様だ。目をつぶり、汗だくになりながらエンナは唸った。
ゴゴゴゴゴゴ……
ゆっくりと裂け目が元に戻り、子どもが軽く飛び越えられるぐらいの幅になった。
「よし!」
ルーブは割れ目を飛び越え、サンのいる場所へ駆けていった。
「ルーブ!」
雷と植物の攻防を続けていたサンとマトーラは駆けつけてきたルーブの方を見た。サンはルーブが来てくれたことに安堵した。
「あいつ……やられやがったのか⁉クッソ役にたたねーな」
マトーラは遠くで寝そべっているダーズを見、舌打ちした。
「クソだけに……ブフッ」
サンは言ったあと自分で吹いた。
ルーブは呆れながら横目でサンを見た。
「おい、気ぃ引き締めろ」
ルーブはサンに注意し、前にいるマトーラに視線を切り替えた。
「例のタッグいくぞ!」
「おう!」
ルーブの掛け声にサンが答える。
ルーブは両手から水を生み出すと、消防隊の消火のようにマトーラに水をぶっかけた。
「……‼」
マトーラは大量の水をかけられ怯む。
「よし、今だ!」
ルーブの掛け声でサンはマトーラに電撃を放出する。
マトーラは大樹の陰に隠れるが、びしょ濡れなせいで感電した。
「よし」
「やった!」
二人は喜んだ――が、それも束の間、大きなツタが二本地中から出現し、二人を捕らえる。
「うっ⁉」
ルーブは予期していなかった出来事に焦る。
「な、何で……」
サンは手を出そうと両腕を動かすが、先ほどより締め付ける力が強く引っ張り上げることができない。
「は……あれで勝ったつもりでいるとは、さすがお子様……」
マトーラは両手を前に出し、動かしている。右手でサン、左手でルーブを捕らえているツタを操っているらしい。
「俺の着ている服は普通に見えるが特殊でね。防水、防火、防電だ」
マトーラは両手を前に出したまま淡々と言った。
「さあ、さっきの倍返しといこうか」
マトーラは両手を握り締めた。ツタが二人を強く締め付ける。
『ぐああああ……‼』
二人は同時に叫ぶ。
瞬間、矢のような形をした炎がルーブとサンの後ろから飛んでき、地面から生えていたツタの根元を二本とも焼き切った。
二人を拘束していたツタが倒れ、ルーブとサンは地面に転がった。
「エンナ……‼」
エンナが両手を突き出し構えたポーズで現れた。
「私の存在を忘れんじゃないわよ」
ルーブとサンは巻きついていたツタを体から外し、体制を整えた。
「反撃開始よ」
エンナはルーブとサンの間に立った。
「二人とも……俺の作戦に乗ってくれないか」
ルーブはエンナとサンの耳に口を当て、声を潜め何かを話した。
「何の小細工だ……」
マトーラは微妙に苛つきながらエンナたちに近づいた。
三人は走り出し、先ほどエンナが狭めた裂け目を飛び越えダーズの倒れている方へ逃げた。
「逃げても無駄だ」
マトーラは地面から先を尖らせたツタを生やし三人の方へ攻撃する。三人はそれをよけながら、ダーズ、マトーラの二人が見える位置まで下がった。
「場所を変えたところでどうにもならんぞ」
エンナたちを追ったため、マトーラとダーズとの距離が一、二メートルほどになった。
「今だ!」
ルーブが再びダーズとマトーラに大量の水をぶっかけた。そしてサンがためらわず電撃を二人に浴びせた。
バリバリバリ‼
「……っ‼」
さすがに二回目はやや効いたらしく、マトーラは胸のあたりを押さえる。
「うおおおーっ‼」
ダーズが目を覚ました。どうやら電撃のショックで意識が戻ったらしい。ゆっくりと立ち上がり、エンナたちを睨みつける。
「げっ⁉」
サンが顔をしかめながら言った。
「あいつ起きちゃったわよ⁉」
エンナはルーブの顔を見る。ルーブは想定内だ、という表情で頷く。
「はっ、やっと起きたのか……間抜けめ」
マトーラが呟く。
「うるせぇんだよメガネぇ‼さっさとこいつらをぶっとばすぞ‼」
「……それには同意する」
ダーズがマトーラに近づいた。
「エンナ、今だ‼」
エンナが特大の火の玉を二人にぶっ放し、三人は一メートルほど後ろに下がった。
ドッゴオオオン‼
ダーズとマトーラがいた所で大きな爆発が起こり、白い煙が舞い上がった。二人は吹っ飛ばされ、山の下に落ちた。
「ぎゃあああああ‼」
「何……⁉」
ダーズとマトーラは叫んだ。叫び声がだんだん小さくなっていった。
「……実験成功」
ルーブが額の汗を手の甲で拭きながら言った。
「……ええと、何だっけ?詳しく教えてくれる?」
「そうそう。オレら、このタイミングでああしろとかしか言われてないし」
エンナとサンがルーブに訊ねた。
「水素爆発だよ。水を電気分解すれば水素になる。それに火をつければ爆発する、そういう科学反応を応用したわけ」
ルーブがやや得意げに説明する。
「へえ……」
サンが感心した。
「やっぱルーブは頭いいわね……あたしには考えつかないわ」
エンナはため息をついた。
「よし、アジトまでまだまだ先だ。行くぞ」
ルーブは歩き出した。
⒘ 夜の野宿
辺りは薄暗くなり、日が沈んできた。時刻は午後五時か六時ぐらいだろう。
しばらく歩き、午後七時ぐらいになった時、エンナが言った。
「ねえ……暗くなってきたし、先歩くのは明日の朝からにしない?こんな暗い中で敵に会ったら嫌だし」
「オレも賛成。さすがに疲れたし」
サンもエンナに賛同する。
「そうだな」
ルーブは頷いた。
三人は山道から少し外れた林の中に行き、直径二メートルぐらいの場所をエンナの火で焼き、空間を作り、そこにテントを張った。
「うへ、こんな森の中、虫が出なきゃいいけどな」
サンはテントを張りながら生い茂った雑草や木に目をやった。サンは昔から虫が苦手で、男の子が好むカブトムシなんかも見るのを嫌がる。
「ほんと意外よね、虫取り少年みたいな顔してるくせに」
エンナはテントの周りにビニールシートをひきながら言った。
「どんな顔だよ」
サンがエンナにツッコんでいる傍ら、ルーブは小枝を集めていた。焚き木に使うつもりらしい。
小枝に火をつけ、焚き木ができると三人はビニールシートに座り二つ目の弁当を食べた。
「寝るときは三時間おきに一人ずつ交代で見張りをする。ここは敵地だ、何があるかわからないからな。いいな?」
「なんで三時間おきなの?」
エンナが問う。
「それが脳がスッキリする睡眠時間なんだよ。本で読んだ」
「ふうん」
午後八時頃になり、サンは爆睡し、ルーブも眠りに入った。エンナは視線を焚き木の火へやり、揺らめく炎を見つめていた。
三人が交代で見張りを続け、それが三回ほど繰り返されたあと、三人は全員起床した。
「今……何時……?」
サンが寝ぼけ眼で呟いた。
「五時だ」
ルーブが鮮明な声で言った。
「早いのね……」
エンナが目をこすりながら言った。
「一人六時間は寝てるはずだから充分だろ。早いうちに出発した方がいい。睡眠はとれたか?」
ルーブは二人に訊ねる。
「うん……思いのほか」
「意外にスッキリした目覚めだ」
エンナは伸びをし、サンは首を鳴らした。
「じゃあ、朝食食った後出発するぞ」
三人はそれぞれ創造できる食べ物を出し、それを食べた後テントを片付け、出発の準備を整えた。
五時から二時間歩き、七時に差し掛かった頃。
「ちょっと休憩しない?」
エンナがルーブに言う。
三人は近くの岩に腰掛け、水を飲んで喉を癒した。
「大分アジトに近づいたな」
ルーブはボロボロの地図を広げながら言った。
三人はしばらくボーっとしながら座り、疲労を回復した。
⒙ VS赤青黄
「……ねえ、何か聞こえない?」
休憩を始めて十分ほど経った頃、エンナが言った。
「え?何が?」
サンが尋ねた。
「なんか……変な……歌みたいなのが……」
エンナは耳を澄まし、「歌」の聞こえてくるらしい方向へ耳を傾けた。
「……血の気の多い~この俺は~……」
ルーブとサンも耳を澄ます。確かに、何か声がうっすら聞こえてきた。三人は岩から離れ、立って周囲を見回した。
「ブラックさまの~言うとおり~」
声が段々近づいてくる。
「こしゃくなガキを~ぶっ倒す~」
声がはっきりしてきた途端、何者かが森の木々を飛びつたい猿のように移動してきた。
「灼熱の炎・ラディ・今参上‼」
赤髪の男が飛びつたってきた木から離れ、突然上から降ってきた。男は三人から二メートル程離れた真正面に着地し、それと同時に最後の歌のフレーズを言った。着地の瞬間、腰を落とし両腕を前に曲げ恰好をつけたポーズをとった。その姿はさながら、三流の歌舞伎役者のようだった。
エンナ、ルーブ、サンは呆気にとられた顔で赤髪の男を見た。
「ちょっと馬鹿、変な歌うたわないでよ」
続けてまた木をつたい男の左隣に女が着地した。金髪の長い髪は腰まで届き、目は白金(プラチナ)色で切れ長だ。白い革製の丈の短いワンピースのような衣装に、白いロングブーツを履いており、腕にはめた長く白い手袋は肩だけを見せていた。片手にはメガホンを持っている。
男は姿勢を正し、左側の前髪を掻き上げた。赤髪の短髪は刺々しく、正面から見て左側の目に微妙にかかる程度に前髪があるが、右側の前髪は上げられ目立たないピンのようなもので止められていた。恰好をつけて閉じた目が開かれ、その色は金色だった。赤いTシャツに黒いランニングシャツを重ね着しており、丈が短いためへそが出ていた。茶色い短パンを穿き高さが膝ほどの黒いブーツを履いており、腕には布製の黒いアームカバーをつけていた。
エンナはふと空中に何かを目にした。上を見上げる。
「あ、あれ、何?」
エンナが指差した方向にルーブとサンも顔を向ける。
「おい、グレイン!そんなとこ浮いてねーでさっさと降りて来い‼」
赤髪の男・ラディは上に向かって怒鳴った。
グレインと呼ばれた男は空中に浮いていた。青髪のミディアムウルフだが正面から見て右の目を髪で隠している。片方しか見えていない目は水色だ。青いおまるにまたがっていた。
「何でおまるに乗ってんだ……」
サンは呆れた表情で青髪の男・グレインを見た。
「おまる?違う、これは特製空中浮遊移動型乗用車、ブルー・スワン号だ」
「いや、ますます意味わかんねーから!」
サンがツッコむ。
「……昨日海で襲ってきた奴だな」
ルーブが下からグレインを睨む。
「何⁉」
サンがルーブの方を振り向く。
「へえ、ご名答。よく分かったな」
グレインはブルー・スワン号にまたがったままゆっくり降りて来、ラディの右隣に二、三センチ浮きながら止まった。
「俺はラディ」
「俺はグレイン」
「あたしはキャシー」
金髪の女が言った。
「三人揃ってヴェガンサ軍団‼」
ラディはまた下手な歌舞伎役者のようなポーズをとった。グレインやキャシーもどことなくカッコつけている。
『……』
エンナ、ルーブ、サンはポカーンと口を半開きにしたまま三人組を見た。
「つか何よ、ヴェガンサ軍団って。ダサ」
キャシーと名乗った女がラディに言う。
「あぁん⁉我らがボス、ブラック様のファーストネームじゃねーか!ブラック様リスペクトしてんだよ!」
「はぁ⁉何でもかんでも軍団つければいいってもんじゃないわよ!ブラック様のかっこいい名前が台無しなのよ‼馬鹿じゃない⁉さすが赤ね‼」
「赤だから馬鹿っつーのか⁉シャレになってねーんだよ!バーカ!バーカ!」
「……変人同士の喧嘩は見るに堪えないな」
グレインがボソッとつぶやく。
『お前に言われたくないわ‼』
ラディとキャシーが同時に言う。
「なぁ……こいつらって」
サンがエンナに耳打ちする。
「うん……」
エンナは頷く。
「バカだな」
ルーブが言う。
「バカね」
エンナも同意する。
ラディは右手を前に突き出し構えると、赤い鉱石をエンナたちのいる方へいきなり飛ばした。
「ふせろ‼」
ルーブはエンナとサンの頭を両手で掴むと、地面に押し付け伏せた。鉱石は三人の頭上をかすめ、後ろへ飛んで行った。
「いきなり何しやがる」
ルーブはさりげなくエンナを自身の後ろに隠すように立ち、ラディを睨んだ。
「はぁ……何って」
ラディはくいくいと右手の中指を動かした。後ろに飛んで行った赤い鉱石が急激に折り返し、三つに分裂するとエンナ、ルーブ、サンの方にそれぞれ向かっていった。
「後ろだ‼よけろ‼」
三人は後ろを振り向き、飛んできた鉱石をよけようとした。ルーブは咄嗟に飛んできた反対方向に動きよけたが、他の二人は完全によけきれず、サンは右肩、エンナは左腕にかすった。
「あっ……!」
「いでっ……!」
エンナとサンは呻く。
「攻撃だよ。俺らが通りすがりの人物に見えんのか?」
ラディは返ってきた鉱石を再び一つにまとめ右手で掴んだ。
「へ……それもそうだな……」
ルーブは体勢を整え、怒り笑いをしながらラディを見た。
「ブラック様に『捕らえて連れて来い』って言われてるからな」
グレインはそう言うとブルー・スワン号のエンジンを発進させ、ルーブの襟首をつかむと道を下って行った。
「なっ⁉」
ルーブは叫ぶ。体がグレインに引きずられ、足だけが地面についた状態で運ばれた。
『ルーブ‼』
二人はルーブを追おうとした。
「あら」
キャシーがサンの前に立ちはだかり、左腕でサンの顔を腕と胸で挟む。
「ぐっ⁉」
サンの顔がキャシーの巨乳におしつけられる。
「あなたは、お姉さんと遊びましょ?」
キャシーは右手で少量の雷を出すと、サンの背中に触った。
「がっ……」
サンは気を失った。
キャシーはサンを抱えたまま上り坂を歩いて行った。
「サン!」
エンナは二人を追おうと走り出した。
「おおっとぉ‼」
エンナの前にラディが素早く手を広げ現れ、行く道を防いだ。
「行かせないぜ~……」
「ど、どきなさいよ‼」
エンナは大声を張り上げる。
「威勢のいい小娘だな。威勢だけじゃねーことを祈ってるぜ?」
「くっ……」
エンナはたじろぐ。
「赤、青、黄同士の対決だ。おまえら側とブラック様側、どっちが勝つか、こりゃ勝敗が楽しみだな?」
「この……」
エンナはこめかみに汗を垂らす。
「さあ、戦闘開始だ」
⒚ それぞれの戦い
ルーブはグレインに引きずられ、しばらく道を下ると道端に投げられた。
ドサッ‼
「ぐ!」
木に背中が打ちつけられ、ルーブは呻いた。
「この野郎……」
ルーブは立ち上がり、服についた砂埃をはらった。
グレインはブルー・スワン号から降り、それを空中の遥か上まで上げた。戦いの邪魔にならないようにしたいのだろう。
「それも『創造』したものか……?」
ルーブが問う。
「あれは違う。ブラック様から特別に貰ったものだ。さすがにあんな複雑なものまで創造できるとはお前も思ってはいないだろう?」
「……」
ルーブは黙ったままグレインを見つめる。
「まあいいさ……それより、俺は命令を果たさなければいけなくてね。大人しく……は無理だろうから、少々手荒な真似をやってでも『来て』もらうぞ」
「大いに断る」
ルーブは手から尖らせたサファイアを創造し、自分の周囲に浮かせた。
「そうか……」
グレインは仏頂面のまま呟いた。
エンナとラディは、赤い石同士の攻防を続けていた。エンナはルビー、ラディは赤い鉱石を創造し、お互いにぶつけ合っている。
ラディの赤い鉱石がエンナに向かって迫り、それをエンナがルビーで弾き返す。ルビーや鉱石は数個に分かれたり一つに戻ったりしながら、自在に操られていた。ぶつかり合う音が激しく辺りに響く。
「なかなかやるじゃねぇか」
ラディは不敵に笑う。
「どきなさいよ‼……サンが‼」
エンナはルビーを打ちつけながら怒った。
「あー、さっきのガキか?心配すんな、キャシーなら手荒な真似はしねえって」
エンナはルビーに炎を纏わせ、ラディの鉱石に思いっきりぶつけた。炎がラディの眼前に散る。
ラディは不意打ちを食らい一瞬目を閉じたが、少し下がりエンナを見据えた。
「……本気みたいだな」
エンナは自身の周りに炎を浮かべた。火影がエンナの顔に当たり、揺らめく。
「はっ‼」
木を失っていたサンは目を覚まし、大声を上げ、目の前の状況を確かめた。エンナやルーブとはだいぶ離れた上り道にいるようだ。サンは木にもたれかかり、一メートル程離れた目の前にはキャシーが立っていた。
「お目覚めかしら、ぼうや?」
キャシーはメガホンを口に当て、耳がキンキンするような声で喋った。声が黄色い光となってサンの方へ飛ぶ。サンは思わず両耳に手を当て、立ち上がりキャシーから一、二メートル程後ずさりしながら離れる。
「電撃を弱めてたから、目覚めるの早かったわね」
キャシーはメガホンを口元に当てたまま喋った。
「な、何のつもりだ⁉つか、その喋り方やめろ‼」
サンは耳を塞いだまま、汗を流しながらキャシーを見る。
「ウフフ……面白い子」
キャシーはメガホンを口から外して喋った。腰に手を当てる。
「『黄色い声』ってわけか……」
サンは苦笑しながらキャシーを下から仰ぎ見る。
「簡単に捕まえちゃったらつまんないでしょ?」
キャシーは妖艶に笑う。
「……その油断、後で後悔することになるぜ」
サンは右腕を左手で掴み、雷を発生させた。
「あら、可愛くない子」
キャシーは左手からサンと同じく雷を発生させた。
サンとキャシーは互いに電撃をぶつけ合う。二つの塊が衝突し、弾け、黄色い帯が辺りに激しく散る。雷の帯はサンやキャシーの方へ飛び、二人はそれに触れないように互いに二メートル程離れた。
「太陽光線‼」
サンは右手を真上に突き出し、手の平を大きく広げた。雲の割れ目から太陽が顔を出し、キャシーの顔を眩しく照らしつける。
「っ⁉」
キャシーは目を両手で覆った。
「今だっ……‼」
サンは両手で雷のボールを創り、キャシーに向かって打ち出した。雷はキャシーの胸に直撃した。
「きゃあああああっ‼」
キャシーは胸を抑え、その場に崩れた。
「うっ……ぐ……うくぅっ……」
キャシーは悶えながら呻いた。
「勝負あったな」
サンがとどめをあて気を失わせようとキャシーに近づいた、その時。
「キャッハァァァァ‼」
キャシーがすばやくメガホンを持ち大声で叫んだ。声は黄色い光となってサンの耳を直撃した。
「うああああ⁉」
サンは耳を塞ぎ、地面を転げまわった。
「ざ~んねんでした♪この美しい衣装は電気対策してありま~す。ちなみに肌の部分も電気を通さないストッキングで覆われてるのよ」
キャシーはメガホンを口から外して言った。
「さっ……さっきのマトーラとかいう奴と同じじゃねえか……独創性ねえ……パクリ……」
サンは耳に手を当て体を震わせながら立ち上がった。
「はあ?あたしをあんな陰気な男と一緒にしないでもらえる?マジむっかつく~」
キャシーは左手から雷を出し、サンに近づく。
「う……!」
サンは後ずさる。
ルーブとグレインは周囲にサファイアを浮かべ、互いに睨み合っていた。若干ルーブの方が軽傷が多い。
「まだこれからだぜ!」
ルーブはグレインの周囲に青い炎を浮かべる。
「青い炎ね」
グレインは左手から水を激しく発射させ、ルーブの浮かべた炎を跡形もなく消す。
「俺の能力の前に炎を出すとはなんたる愚行」
「ぐ……!」
「策はそれだけか?」
グレインはルーブの顔の方に人間の頭が一人分入るぐらいの水の球を続けて三つ飛ばした。ルーブはそれをよけながら、尖らせた青い結晶をグレインの方へ飛ばす。グレインは顔を動かし結晶をかわした。青い結晶はグレインの後ろに生えていた木に刺さる。
「なんだこれは……?」
グレインは木に刺さった結晶を見た。青い結晶の刺さった部分からわずかに白い煙が出ており、木の表面を溶かしていた。
「ははぁ……」
グレインは呟く。
ルーブは息を切らしながら、左手で、小さな硫酸銅を五つほど、グレインめがけて飛ばし続ける。
グレインは両手を上げると、それを自分に当たる前に全て空中で『止め』た。
「なっ⁉」
ルーブは左手を空中で震わせた。
グレインは両手で硫酸銅を見つめ何かを念じると、両手を上に掲げた。
硫酸銅が宙に上げられ、形が崩れ、液状の球になった。
「何⁉」
グレインは不気味に笑った。液状になった硫酸銅が雨のようにルーブに降り注ぐ。
「うっぐああああ‼」
ルーブは顔を両腕で覆い、襲い掛かる液体から顔だけでもと守った。
「お前、意外に頭良くないんだな」
グレインはルーブを見下ろした。
「『青』いものなら何でも操れる……それは相手の創造したものでもしかり、だぜ?」
「うっ……あああ……」
ルーブの着ていた服がところどころ溶け、破れる。顔は守っていたおかげで何ともなかったが、手が硫酸銅に触れたせいでただれていた。
「それに、同じ色の力を持っているってことは、相手が使った技の真似や応用ができるってことだ。だから、出したもん負けなんだよ」
ルーブは両手から水を創造し自身に浴びせ、硫酸銅を洗い流した。
「うう……くそっ」
ルーブはただれた右の手の甲を左の手の平で抑えた。
「お前さっき、顔守ってたけど……モデル志願か何かか?」
ルーブは黙ったままグレインを睨んでいた。
「ハッ……かっこつけたガキだな」
「そんなかっこつけた髪型の奴に言われたくない……」
グレインは覆い被さった前髪から覗かせた左側の目を細くしかめた。
「口の減らない奴だな……」
グレインは右手から先ほどルーブが出した青い結晶を創造した。
⒛ 新しい力
「はあっ、はあっ……‼」
エンナの額、こめかみ、首筋に汗が流れ、息はあがっていた。
「どうした?もうスタミナ切れか?」
ラディは炎を纏わせた赤い鉱石を右手で浮かせ、余裕の表情で笑いながら立っていた。
「俺としてはもうちょっと遊びてーんだが」
(ダメ……このままじゃ、勝てない……!)
エンナ、ルーブ、サンの三人よりラディたちの方が大分年上だ。その分体力や腕力があるのだろう。エンナはそれがなんとなく分かってきた。
「……グロッキーみてぇだな」
ラディがエンナに近づく。
(どうしよう、どうしたらいいの⁉)
エンナが焦り、こめかみに汗を垂らした時、左手の中指にはめた白い指輪が熱く光った。
(手をつなぎなさい‼)
女王の声がエンナの頭の中に、はっきりと聞こえた。
「……え?」
エンナは呟く。
「あ?なんだ?」
ラディは顔をしかめる。
(手をつなぎなさいって……)
エンナは瞳孔を開いた。再び女王の声が聞こえた。
「ルーブー‼サン‼こっちへ来て‼」
エンナは首を上に傾かせ、空に向かって大声を張り上げた。
「三人で力を合わせるのよ‼」
「……なんだ?」
ラディは怪訝そうな顔をした。
「何を企んでやがる」
ラディは右手から炎を出しエンナに放った。エンナは腕で頭を覆い炎から身を守った。
「もってよ……!」
エンナは右手から唐辛子を一つ創造すると口の中に放り込んだ。そして大量の赤い液を両手から出し、ラディの目元に命中させた。
「ぐあっ⁉」
ラディは目を両手で覆い、地面に屈む。
「いってえええ‼なんだこりゃ……ヒリヒリしやがる‼」
(まずは……サン‼)
エンナはサンのいる上り坂へ駆け出した。
「……っはぁ……はぁ……」
サンは息を切らし、キャシーの攻撃から逃げていた。
「サン――!」
エンナが下り坂から駆け上がってきた。右の手の平を前に突き出している。
「エンナ!」
サンは振り向く。
「なんなの、小娘!邪魔しないでちょうだい!」
サンはレモンを創造し、それを強く握り締め、エンナの方に近づくキャシーの目元に汁を飛ばした。
「あっ⁉」
キャシーは目を押さえる。その隙にエンナがサンとの距離を詰め、手を握った。
ルーブはエンナのところへ行こうと走り出した。前にグレインが立ち塞がる。
「どけ‼」
ルーブは怒涛の表情でグレインにサファイアを飛ばした。グレインは一瞬怯み、サファイアをよける。その隙にルーブはグレインをかいくぐり、坂を下る。
「あっ……あのガキ!」
グレインは悪態をつく。
「ルーブ‼」
向かいからエンナとサンが手をつなぎながら活発に坂をくだってきた。
短距離走でクラスでも上位に入るルーブの速力で坂を駆け上がり、ルーブはエンナと距離を詰め、エンナの空いた左手をルーブの右手が掴んだ。場所はちょうど、エンナとラディが交戦していた所だ。
「サン、いくよ」
「おう」
エンナとサンは同時に「同じ色」をイメージした。二人の体が橙色に光り、ルーブの体に伝わる。
「……これは⁉」
ルーブの顔から「疲れ」が消えた。
「オレンジは『ビタミン』や『エネルギー』の色。疲労回復にはバッチリよ」
エンナはルーブに顔を向けて片目を閉じた。
「……まさか⁉」
ルーブは冒険の途中で新たな宝箱を発見したような目でエンナを見た。
「そう、手をつなぐと色と色を足した色の力が使えるのよ」
エンナはルーブを見返しながら口の両端を吊り上げた。
「やっぱりそうか!」
21 連携攻撃
グレインが上り坂から走りながら駆け下りてきた。水の球をラディの顔面に飛ばす。
バシャッ!
「うくっ」
赤い唐辛子の汁が洗い流され、ラディの服が少し濡れた。
「こっけいだな」
グレインがラディの隣まで近づき、鼻で笑う。
「うるせえ!テメーだってガキに手こずってたろーが!」
ラディは腕に装着しているアームカバーで両目をこすり、グレインを睨んだ。
「……どうやらこいつら、何か新しい力を発見したようだぞ」
グレインが目を鈍く光らせ二人を見る。エンナはギクッと肩を強張らせた。
「もおおぉ!あんたらねぇ‼」
キャシーが目をこすりながら坂を下ってきた。
「少しは人の心配しなさいよ‼何悠々と突っ立ってんのよ!」
「やっと来たのか」
グレインが仏頂面で言った。
「水!あたしの顔に!早くしなさいよ!」
キャシーは怒りながらグレインに向かって自分の顔を指差した。キャシーの目元はレモン汁でベトベトになっていた。
グレインは黙ったままハンドボール程の大きさの水の球をキャシーの顔に当てた。
南側を左にしてキャシー、ラディ、グレインの順に並んでいる。その向かいに左からルーブ、エンナ、サンの順に手をつないだまま立ち三人同士が向かい合っていた。
「おい……やばいぞ、この新しい力、こいつらにバレたらまずいんじゃないのか?」
サンが小さい声で言う。
ルーブは一瞬何かを考えるように黙り込んだあと、口を開いた。
「赤と青を足したら……」
「はぁーっスッキリした!で、何?今どういう状況?」
キャシーが腕で顔を拭き辺りを見回す。
「どうやら」
グレインが不気味に笑う。
「こいつらが手をつないでるのと何か深い関係がありそうだが?」
「おい!やばいよ!やばいって!」
サンが声を小さくするのも忘れて焦りながら言う。
「エンナ、紫だ!」
「え?」
ルーブは瞑想をするように目を閉じた。エンナも少々戸惑いながら目を閉じる。ルーブの体から紫色の光が発し、エンナの体に伝わる。
「成程」
グレインが確信を持ったように言った。
「手をつなぐことによって色と色を足した力が使える……そういうことだな?」
「おいぃ~、バレてるよぉー‼」
サンは滑稽な表情で青ざめながら言った。
「……そっか」
「……あれだな」
エンナとルーブはお互い見つめ合って頷いた。
「何以心伝心してんだよ‼オレにはさっぱり訳わかんねーっつうの!」
エンナとルーブは同時に目を閉じ、サンにも紫色の光を送った。
「とりあえず俺らも手をつなぐぞ、虫唾が走るが仕方ない」
グレインが嫌そうに左手をラディに差し出した。
「あぁ⁉こっちのセリフなんだよ‼誰が好きこのんでお前と手なんかつなぐかアホ‼」
「あたしだってラディとなんて嫌よ‼ブラック様の方が百万倍マシだわ‼」
三人は口喧嘩を始め、一向に手をつなごうとしない。
エンナたち三人の体は紫色に光っていた。ルーブが口を開く。
「いくぞ!」
ルーブはつながれていない左手を前に突き出す。サンも右手を突き出し、二人は手をラディ、グレイン、キャシーの方へ向ける。
「早くしなさいよ!」
キャシーがヒステリックな声を出してラディの手をつかむ。
「……ちくしょう!今回だけだからな!」
ラディが乱暴にグレインの右手を引っ掴む。
「……で?このあとどうすりゃいいんだ」
「知らん」
ラディの問いにグレインが素っ気なく返す。
三人がぎこちなく手をつないだまま立っていると、ルーブとサンの手から濃い灰色の光が発射され、ラディたちの体全体に直撃した。
「やった」
エンナは手をつないだまま呟いた。
「紫はスピリチュアルな色。感性を豊かにし、インスピレーションを鍛える」
ルーブが再度認識するように伝えた。
「そんで」
サンが口元を吊り上げながらルーブの顔を見た。
「赤と青と黄色を混ぜ合わせれば濃い灰色になる」
ルーブがドヤ顔で言った。
「アルバートさんが読ませてくれた本のおかげだな」
サンは図書館でのことを思い出した。
「そして」
ルーブは視線をラディたちの方へ向ける。
三人は体勢を崩し、その場に座り込んだ。
「うっ……ああ」
ラディはやる気が微塵も感じられない表情で頭を落とした。グレインも座ったままボーっと宙を見つめている。
「……帰りたい」
グレインが呟く。
「……なんか人生灰色ってカンジ」
キャシーは憂鬱そうな顔でうなだれていた。
「灰色の負のイメージは『無気力』や『憂鬱』」
ルーブが説明する。
「そうそう!紫の色を当てられたらなんか急にそれ思い出してさ」
サンが顔を明るくさせながらルーブに言った。
「私も」
エンナも嬉しそうに言った。
「でもなんかさ……効果抜群、って感じじゃねえ?」
サンがラディたちの異常なまでに憂鬱でやる気なさげなオーラを見て若干引き気味に言った。
「うん……なんか効きすぎって感じ」
エンナも同意する。
「ああ、まるでいつも当ててる効果魔法の三倍ぐらい効いてるような……」
ルーブがそう言ってから顔の表情を変えた。
「……もしかして、手をつないだ人数分だけ、効果が倍になるとか?」
「協力した分だけ強くなるってことか!」
サンは納得した。
「で、こいつら、どうする?」
ルーブがうなだれたまま座っている三人を見て言った。
「もう戦う気力ないみたいだし、ほっとけば」
エンナが言う。
「一応もう一回やっとくか」
ルーブの提案で、エンナたちはもう一度灰色の色彩効果をラディたちにあてた。そのあとリュックの中に入れていたロープを使いラディたちの後ろ手を縛った。更に気力を失い憂鬱になったラディたち三人を遠目に、エンナたちは出発した。
22 二度目の
三人は迫ってきたであろうブラックのアジトまでの道を歩く。ルーブは替えの服に着替えていた。三着持ってきていたらしい。
歩いて一時間程、ルーブの左手につけている腕時計の針が午前十時半を示した頃。
「霧が出てきたな」
サンが辺りを見回す。うっすらと霧が三人を覆っていた。周りの草木もわずかに霞んでいる。
「はぐれるなよ」
ルーブがエンナとサンを見失わないように近くに寄らせながら歩いた。
「はぐれるな、ってお母さんじゃあるまいし」
サンが言う。
「ここは敵地なんだ。何が起こるかわからないってさっきも言ったろ?」
ルーブはサンの方を見た。いつの間にか霧が濃くなっており、本来サンが歩いているべき場所にサンの姿が見えない。
「サン⁉」
ルーブは頭を反時計回りに捻り、左斜め後ろにいると思われるエンナを見ようとした。が、エンナの姿もない。
「エンナ‼」
ルーブは立ち止まり、辺りを警戒する。
「ルーブ、エンナ⁉どこだよ!」
サンは姿が見えないまま大声を上げる。
「ルーブ、サン、どこ⁉なにこの霧……‼」
エンナも二人を見失い、困惑する。
一瞬。
ルーブの額に何者かの指が触れた。
「こういう時は……炎で……でもルーブやサンに当たったらまずいし……」
エンナは炎を出して霧を晴らそうかと考えたが、実行するかどうかを迷った。
突然、前から突風が三人を吹き付けた。
「きゃっ⁉」
「うわ……」
エンナとサンは声を上げる。
風で霧が吹き飛ばされ、エンナの視界が晴れた。エンナは辺りの状況がわかるようになった。
「……え⁉」
サンの周囲が上下、左右と六枚の半透明なガラスのような板で囲われ、サンは長方形の箱の中に閉じ込められた。
「サン⁉」
エンナは叫び、サンの方へ駆け寄ろうとした。
その次の瞬間、ルーブが大量の水をエンナに放ち、エンナは歩いてきた道の方向に吹っ飛ばされた。エンナは立っていた場所から六、七メートル程後ろの地面に尻もちをついた。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
エンナは気管支に入った水を出そうと咳込んだ。
「ルーブ……?」
ルーブは左手を前に出し、黙ったままエンナの方へ近づく。エンナはルーブの目を見た。ルーブの目は虚ろで、綺麗なラピスラズリのような色はあせて薄くなり水色になっていた。
「エンナ――‼ルーブ‼」
サンは長方形の檻の中から遠くなったエンナとルーブを目で追いながら叫んだ。
「くっそ……何だこの檻⁉」
サンは両手の拳で板張りを叩きつける。板はびくともしない。
ルーブは何も言わず左手を突き出したまま容赦なくエンナの方に歩く。エンナとルーブとの距離が三、四メートル程になる。
エンナは瞳に恐怖を宿し、わずかに震えながら立ち上がる。
「どうしちゃったのよ……ルーブ……」
エンナは両手を前に突き出す。
エンナとルーブの距離が一、二メートル程になった。
「来ないで‼」
エンナはルーブに向かって炎を発射させた。炎の中に人影が揺らめく。
「あっ……!」
エンナはしまった、という顔で炎を創造するのを止めた。
その次の瞬間、ルーブの周囲から水が生まれ、包み込んでいた炎を消した。ルーブは空虚な目でエンナを睨む。
「く……っ」
エンナはたじろぎながら呟き、左足を半歩引いた。草の生い茂っていない平地では炎は水に不利だ。
ルーブは左手からサファイアを二つ創造し、エンナに向かって飛ばした。エンナは上手く避けることができず、右腕と左の腰のあたりにかすった。
「痛……っ!」
エンナは微かに涙目で、やや憤りながらルーブに強い視線を向けた。
「ルーブ‼目を覚まして‼」
エンナはルーブに向かって走り出した。ルーブは三つ目のサファイアをエンナに対して飛ばす。エンナは左に体を傾けサファイアをよけようとしたが、右肩にかすり、そこから血が噴き出る。
「……っ‼」
エンナは痛さをこらえながら両手を前に出し、ルーブを抱き締めた。ルーブは一瞬目を大きく見開いたが、すぐに顔をしかめた。
ルーブを包み込んだエンナの体の中心が赤く光る。赤い光は二人を覆い、二人の体は熱を帯びた。
「……ぁっ……ぐあ……‼」
ルーブは声にならない声を上げ、エンナは歯を食いしばりながら自身の発する高熱に耐えた。
二人の体を包んだ赤い光りが周囲に円状に広がると、収縮し、消えた。
ルーブの目から虚ろさが消え、一瞬ラピスラズリのようなブルーの瞳の色を取り戻した後、瞼を閉じてその場に崩れ落ちた。
「元に……戻って……」
エンナはルーブを抱きしめたままその場に座り込んだ。
「エンナ……?」
サンは遠くてよく見えない二人の姿を板に張り付いて見ていた。ガラスのような壁は半透明なせいもあり、サンの目にはぼやけた風景しか映らない。
途端に張り付いていた壁が六枚とも消えた。サンは体勢を崩し、こけそうになる。
「うあぁ⁉」
なんとかこける前に片足を踏み出し、バランスを取った。
「一体なんなんだ⁉誰のしわざだ‼」
サンは辺りを見回す。
23 イレギュラーなマジッカー
「ん……」
ルーブが目を覚ました。視界がぼやけ、徐々にエンナの顔がルーブの目に映る。
エンナはルーブの澄んだ青い瞳を見て安堵のため息をついた。
「良かった……元に戻ったみたいね」
エンナは痛々しく笑う。
ルーブはエンナの体を見た。右肩、左腕、左腰から血が出ている。
「……なんで怪我してるんだ」
ルーブは自分の体を見る。どこも負傷していない。ルーブはエンナの肩を掴む。
「さっきの赤い奴との戦いじゃそんなんなってなかったのに……誰にやられたんだ‼」
エンナは笑いながら首を振る。
「なんともないよ」
「なんともないって……!俺はなんで意識がなかったんだ⁉その間に何があった⁉」
「エンナ、ルーブ!」
サンが二人の近くまで駆け寄ってきた。
「何がどうなってたんだ⁉オレ、いきなりガラスみたいな壁に閉じ込められて……」
「ガラスみたいな壁?なんだそれは?」
ルーブが眉をしかめ、怪訝そうに思ったサンはルーブを見る。
「……ルーブは何かに操られてた」
エンナは複雑そうに呟く。
「何だって⁉」
「お前はエンナに大量の水を放って、数メートル吹き飛ばした」
サンが見ていた状況を話す。
「……それから、あたしにサファイアを飛ばして攻撃してきたのよ」
エンナはルーブから目をそらしながら言いづらそうに言った。
ルーブは、信じられない、という表情で目を見開いたあと、瞼を元に戻し、顎に右手を当てていつもの仕草をした。
「そういえば、記憶が飛ぶ前、誰かに額を触られたような……」
「えっ⁉」
エンナが反応する。
「そうだ、それよりエンナの怪我を治してやらないと……サン、色彩能力を貸してくれ。『緑』で治癒するぞ」
ルーブはサンと手をつなぎ、二人は片手から丸い緑の光を出しエンナの右肩、左腕、左腰に当てた。傷は修復され、肌が元に戻った。
「服は直らないけど……」
ルーブが気を遣うように言った。
「大丈夫よ。ありがと、ルーブ」
エンナは朗らかに言った。
「とにかく、俺の檻にしろ、誰かの仕業だってことは間違いなさそうだぜ」
サンが立ったまま前の道を睨む。
「おい、どこにいる‼隠れてるなら出て来やがれ‼」
サンは勇敢に前の道に向かって叫んだ。ルーブとサンも前を見据える。
数十秒間、三人は何かが起こるのを待ったが、物音も気配もなかった。
「……出てこないな」
サンが言う。
「進みましょ」
エンナが言い、三人は前に向かって歩き出した。
三人が霧によってはぐれた地点まで歩を進めると、辺りに風が吹き始め、今度はエンナたちの行く道を隠すように再び濃い霧が目の前に充満した。
「また霧だ‼」
「気をつけろ!」
サンとルーブが大声を出す。
突然視界が晴れ、霧が一瞬にして消えた。
さっきまで霧が満ちていた場所に、人間が一人立っていた。
背は百七十センチメートルぐらいで、水色のシャツの上に白いランニングシャツを重ね着し、薄水色のズボンを穿いている。靴は真っ白だ。
髪は白っぽく、正面から見て右側の目を前髪で隠している。サイドの髪は無造作にはね、後ろ髪は長く背中まで垂らしていた。髪に隠れず見えている右目は透き通った水色だ。中性的な顔立ちで目鼻が整っている。体型はやや痩せており、胸の筋肉のつきが良いのを見ると男性のようだ。推定十七、八歳だと思われる。
「どうも」
青年は笑った。その笑みはどこか空虚で、内側に何か得体の知れないものを秘めているような、そんな表情だった。
「……誰だ」
サンが顔をこわばらせ口を開く。ルーブとエンナも体全身に力を入れた。
「そう緊張しないでよ。少しリラックスしないと、疲れちゃうよ?」
青年は困ったように眉を下げながら言った。
「僕はシャッフル。ブラックの側近さ」
男は長い前髪から左目をのぞかせ、両目でエンナたちを見た。
「ブラックの……側近……‼」
エンナは顔にうっすらと恐れを宿しながら言った。
「……とすると」
「こいつも何かのマジッカーだな」
サンとルーブはそう言いながら、エンナを背にして守るように手を広げた。
「……フフ」
シャッフルは目を光らせた。ルーブとサンは一瞬戸惑いを目に表したが、すぐに気持ちを切り替えた。
「いくぞ‼」
ルーブが合図し、エンナは炎、ルーブは水、サンは雷を創造しシャッフルに向かっていった。
シャッフルは左手から激しい突風を三人に吹き放った。
「きゃっ‼」
「うおっ‼」
「くっ」
三人は声を上げ、走る速度が急激に落ちる。エンナの右手に創造した炎が風で後ろに流れる。
シャッフルは耳に何かを入れ、右のポケットから水晶のような石を取り出した。石に左手の人差し指の爪を立て、ゆっくりと引っ掻いた。
キキ……キィ――‼
黒板を爪で引っ掻いたような音の大きさを十倍ぐらいにしたような音が三人を襲った。
『ぎゃあああ‼』
三人は耳を強く塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。三人の創造した属性魔法は自然に消えていた。
「うっ……あああ……」
エンナは耳に手を当てたまま唸った。地面に膝をつき、震えている。
「なんなんだ……その力は……⁉」
サンは耳を手で塞いだまま、立ち上がりながらシャッフルを見た。
「石をひっかいただけで普通はそんな音は出ない……操ったのは『音』か」
ルーブは冷静に分析する。
「霧に風、サンが言ってたガラスの壁に見えない『音』……ときたら」
ルーブはシャッフルを睨む。
「お前が操る色は『透明』だな。それしか考えられない」
シャッフルは陰のある表情でゆらりと笑った。
「正解だよ」
そう言うとシャッフルは左手を前にかざし、冷気を発してエンナ達三人の足元を凍らせた。氷は膝まで覆われ、地面に張り付き、エンナ、ルーブ、サンは声を上げる。
「ちなみに、黄色頭の……君を覆ったのはガラスじゃなくて水晶だよ」
シャッフルはサンを見て言った。
エンナは炎、ルーブは熱湯を創造し足元の氷を溶かした。サンは手を氷に近づけ雷を発生させ、足が痺れない程度に強めると氷を破壊した。
「へえ……」
シャッフルは口の端を上げた。
「じゃあ、これはどうかな?」
シャッフルは指をパチンと鳴らした。
周囲には何の変化もないように見えた。が、しばらくすると途端に三人の顔色が変わり始めた。エンナは口と胸を押さえ、体を前に屈ませた。
「く、苦し……」
「うっ」
「息ができない‼」
三人は地面にしゃがみ込んだ。
数分後、シャッフルは指を鳴らし、力を解いた。
『ゲホッ、ゲホッ‼』
三人は咳込み、空気を吸い込めるだけ吸った。まだ息を切らしている。
「空気……か」
ルーブが顔色を元に戻しながら言った。
「俺たちの周りだけ空気を無くしたのか」
シャッフルは目を伏せながら首を振った。
「うーん、ちょっと違うねぇ。無くしたのは『酸素』だけだよ」
こいつはやばい、とルーブは再び青ざめた。
「サン、ルーブ、例のアレいくわよ‼」
ルーブとサンはエンナの両側に立ち、手をつないだ。ラディたちにしたように、サンとルーブが片手を突き出す。
シャッフルは素早く飛び上がり、ルーブとサンの額に触れ、エンナたちを飛び越えて二、三メートル先に着地した。それは光線が出るよりも早かった。
「あ……」
「うっ」
サンとルーブはそれぞれ呟いた。まもなくサンとルーブの目から光が消え、二人から意識が飛んだ。
二人は力が抜けるようにエンナから手を放した。エンナは顔色を変え、シャッフルが着地した反対方向へ動き、ルーブとサンから逃げるように離れた。
「くくくっ……く……」
シャッフルは声を押し殺しながら笑った。その様子はどこか不気味だ。
エンナは身構え、ルーブとサンに注意しながらシャッフルを見た。
「大ピンチだねぇ」
シャッフルはエンナに言った。
「まさか……さっきルーブを操ったのは、あんた⁉」
「考えればわかるだろ。僕の操る力は透明。心だって透明だろ」
エンナは身震いした。
ルーブとサンは片手を突き出し、虚ろな目のままエンナに向けた。
エンナは両手から炎を創造し、焦りと怒りの混じった表情で向かいの三人を睨んだ。
「こっちはあんたも倒さなきゃならないのよ‼二人の目が覚めるなら……少々手荒な真似だってさせてもらうわ‼」
シャッフルは声を押し殺して一度だけ笑うと、両手を上にあげた。
「やめだやめ」
エンナは目を大きく開き、わけがわからない、という顔でシャッフルを凝視した。
「は……?」
エンナは呟く。
「つまんない。僕が本気出したら誰も勝てないから」
シャッフルはエンナを背にし、歩き出す。
「そんなの、やってみなきゃわかんないじゃない‼」
「無理」
「ちょっと……‼どこ行くのよ……⁉」
シャッフルは足を止めない。
「またね」
24 緑の助っ人
シャッフルの姿が完全に見えなくなってから、エンナはやっと火を消した。それと同時にサンとルーブが目を覚ました。
「あれ……?」
サンは何をされたのかわからないという表情でその場に立っていた。ルーブは目が覚めると同時にすぐ後ろを振り向き、辺りを見回した。
「エンナ、あいつは⁉」
「もういないの……あたしに『またね』って言って、どこかに消えたわ」
「なんだって⁉……ふざけた奴だな……」
ルーブは眉間にしわを寄せ、感情を抑えながら怒った。
「なあ、何がどうなったんだ?オレ、いきなり意識が飛んで……」
サンは戸惑いながらルーブに訊ねた。
「あいつは触れた者の心を操れる……多分だがな。それで俺とお前は操られてたんだ」
ルーブが説明する。
「そうなのか⁉」
サンは驚いた。
「でも、今まで会ったマジッカーの中で間違いなくあいつは最強よ。三人がかりでも倒せなかったし、あいつが降参しなかったら多分あたしは負けてた」
エンナが複雑な表情で言った。
「……とりあえず、ポジティブに考えてあいつが去ったことを良しとしようぜ」
サンがなだめるように言った。ルーブはまだ納得がいかないのか顎に指を当てうつむいていたが、一息おくと顔を上げた。
「……わかった。とりあえず今は進もう」
三人は黙々と歩き出した。城が近づいたことで緊張が増してきたのか、口数が少なくなる。
雑草や木々が生い茂っていた山道だったが、頂上付近は荒れ果てており、草木が少なく閑散としていた。
「……ょっ……!」
「ん?」
何か声が聞こえ、エンナは振り向いた。
「どうした、エンナ?」
ルーブが尋ねる。
「なんか聞こえたよな、今」
サンも後ろを振り向き足を止める。
「まさか、またナントカ軍団じゃないだろうな……」
サンが目を細めながら声が聞こえてきた遠くの方を見る。
「ちょっとー‼」
後ろから女の子がエンナたちを追ってきた。緑色の髪はくせっ毛で、肩につくかつかないかぐらいのミディアムヘアだ。目は濃い緑色だった。まつ毛が少し長く、女の子らしい顔つきをしている。袖に黒いフリルの付いた半袖型の黒いタートルネックを着ており、その上にVネック型の上品な灰色の半袖の服を重ね着していた。胸の中心に周りを金で縁取られた赤い楕円形のブローチをつけており、薄い黄緑柄のチェック柄のスカートをはき、その下に膝下ぐらいまでの黒いスパッツをはいていた。パンプスは濃いピンク色だ。
女の子はエンナたちに追いつくと、ゼイゼイと息を切らした。
「もう……!もうちょっとゆっくり歩きなさいよ!」
「……誰?」
サンはいぶかしげな表情で聞いた。
「女王様とアルバートっていう人に頼まれて、あなたたちを追ってきたの。要は助っ人よ」
少女は息を整えながら説明した。
「君、名前は?」
ルーブが訊ねる。
「……ブルーム」
少女は遠慮がちにそう言った。
「で?助っ人ってどういうことよ」
エンナがブルームを見て言った。ブルームはエンナをチラッと見ると、微妙に目をひくつかせた。それを見たエンナも若干眉間にしわを寄せる。
「……あの?」
サンが眉を下げ笑いながら向かい合っている二人の横に立った。
「……あたしは緑のマジッカーで、緑の色彩魔法が使えるの。ブラックとの戦いであたしがいた方がいいって女王様に言われて、それで急いで追ってきたのよ」
「緑のマジッカー?マトーラとかいう奴とかぶってんじゃん」
エンナが目を細めながら言った。
「はぁ?誰よそれ」
ブルームが苛ついた顔でエンナを見た。
「ここまでどうやって来たんだ?俺達が戦ってきた色彩能力者とかいただろ」
ルーブがブルームに訊ねる。
「ダークネスに着くまでは、アルバートさんと一緒に船に乗ってきたの。そこからは、この透明マントをかぶってここまでなんとか来たの」
ブルームは右手につかんでいた「無いようである布」を自分の前に広げた。途端にブルームの姿が見えなくなる。
「うわっ」
三人は驚いた。
「透明……って」
エンナは眉をひそめる。先ほど苦戦した人物を思い出したからだ。
「え、なに?」
ブルームはマントを体から除けるとエンナを見た。
「さっき戦った奴が透明の力を使うマジッカーだったんだよ」
サンが説明する。
「へー、透明なんて力持ってるやついるんだ。このマントは女王様から預かってるものだから、そいつとは関係ないわよ。王宮の奥に隠されてたアイテムの一つなんですって」
「ふうん……そうなの……?」
エンナは半信半疑でブルームを見た。
「何よ!疑ってんの⁉」
ブルームは怒った。
「疑うのも無理ないだろ。いきなり現れた奴が俺らの仲間だなんて。敵の一味かもしれない、って思うのが普通だろ」
ルーブがエンナをフォローする。
「味方だっていう証拠を見せてくれよ」
ブルームは左手の中指を三人に見えるように見せた。白を基調としたリングの真ん中に、中粒の真珠が光る。
「あたしと……同じ指輪?」
エンナはブルームの中指にはまっている指輪をまじまじと見た。ルーブとサンも両側から覗き込む。
「……見た目はそっくりね」
「だから、あんたのと同じ物だっての!」
ブルームはそっぽを向いた。
三人がどうすればいいかと突っ立っていると、エンナの指輪が熱く光った。
(エンナ、ルーブ、サン)
指輪から声が聞こえ、三人はそちらに注目した。二日ぶりに聞く、女王様の声だ。
『女王さま!』
三人は一斉に声を上げる。
(その子はブルーム。私が『緑』の力を与えた、あなたたちの正式な仲間よ。仲良くしてあげて)
「……ほらみなさいよ」
ブルームは頬を膨らました。
「悪かったね」
ルーブがキラキラとエフェクトがなりそうな顔をブルームに向ける。
「……えっ」
ブルームは戸惑い、頬を少し赤く染める。
「正式な仲間なら、僕は可愛い女の子は大歓迎だよ」
途端にブルームの顔全体が赤くなった。戸惑い、たじろぎ、視線を泳がせる。
「な、な、な……いきなり何言ってんのよ⁉態度変わりすぎだし……‼」
ルーブとブルームのやり取りを見ていたエンナは、わずかに眉間にしわを寄せた。
「……フン」
少しだけ機嫌を悪くしたエンナを見て、サンは困ったように笑いながら人差し指で頬を掻いた。
25 エンナの嫉妬
「へえ、フラウ・バルノ出身なんだ」
ルーブとブルームは並んで歩きながら話していた。
フラウ・バルノとはパラディナより東南に位置する国で、気候が良く果樹園が盛んで、花畑が多い国だ。
「うん。そこからパラディナにあるおばあちゃんちに移ってきたの」
「へえ、じゃあブルームは転校生?」
エンナは前を歩いている二人を不機嫌な顔で見ていた。
「転校させる時期を考えてほしいわよね。タイミングが悪いっていうか」
「今はどこの学校に通ってるんだ?」
「盛り上がってるとこ悪いけど」
エンナがやや低い声で割って入った。
「もうすぐブラックの城に着くんじゃない?おしゃべりしてないでもうちょっと心の準備とかしてたらどうなの?」
ルーブはうるさそうにエンナを振り返った。
「それは旅を出発した時にしただろ。今はブルームが早く慣れるように話、してあげてんだろ」
「話とかするより戦いの訓練でもした方がいいんじゃないの?その子、ちゃんと戦えるの?」
ブルームもエンナを振り返った。
「おあいにくさま。ちゃんとアルバートさんと特訓、しましたのよ」
ブルームは得意気に手を胸に当てて自分を誇示する。
「へえ。じゃあアルバート人形、取れたの?」
ブルームの視線がエンナから逸れ、ゆっくりと斜め下に向かった。
「と、取れなかったわけじゃ、ないんだけどぉ……」
エンナは目を細め、ブルームを見下ろしながら息を吐いた。
「ほら、そんなもんじゃない。ここまでだってろくに戦ってないんだし、足手まといになんなきゃいいけど」
「エンナ‼」
ルーブが眉をしかめながら声を上げる。エンナは黙り、顎を引いてルーブを見る。
「女王さまに『仲良くしてあげて』って言われただろ。さっきから何をそんなにツンツンしてんだ」
エンナは黙ったままルーブを見る。唇をゆがませ、顔をしかめたまま目をルーブからそらす。
ルーブは何かに気づいたらしく、怒り顔を真顔に戻すとエンナをじっと見た。
「まあまあまあ」
サンが三人の中に入ってきた。両手を前に出し三回振る。汗を垂らしながら、険悪な雰囲気を和らげようと笑った。
「もうすぐアジトに向かうってのにケンカなんてしてちゃ勝てるもんも勝てなくなるぜ。俺たちの勝利の鍵はチームワークだろ」
三人は黙ってお互いを見合った。
その後、ルーブは何かを考え、口を開いた。
「エンナ、ブルーム、お互いに握手するんだ」
ブルームはえっ、と心の声が漏れるような表情でルーブを見た。
「なんでよ⁉」
エンナは反発した。
「こういうのは形から入るんだ。心はあとから伴えばいい」
エンナは納得いかない表情をしていたが、しぶしぶ片手をブルームに差し出した。
ブルームは少し意外そうな顔をしたあと、無表情でエンナの手を握った。
「よし、これでOK」
ルーブは微かに笑った。
「そうだ!緑のマジッカーならメロンとか出せるんだろ?オレ食いたいんだ、出してくれよ」
サンが空気を変えようとブルームに明るく話しかけた。
「……出せないことはないけど」
「サン、食べるのはいいけど、一段落ついてからにしろよ」
ルーブは呆れながらサンにそう言うと、ブルームから離れ、エンナの隣で道を歩きはじめた。サンはブルームに話しかけながら歩いている。
「疲れたか?」
ルーブがエンナに訊ねる。
「……いや、大丈夫だけど」
「城に入る前にまた橙色の効果を当てとこうか。入るのは万全の状態になってからだな」
エンナはルーブをチラッと見たあと、気を取り直して前を向いて歩き出した。
26 ブラックのアジト
四人は黙々と歩いていた。荒れた山道を抜け、大きな家が一つ建つぐらいの面積はある広い空き地に出た。
「……着いた、が……」
三人は足を止め、ルーブは地図と照らし合わせながら辺りを見回した。目の前には広大な荒地が広がっており、それ以外何もない。山の頂上のため、半袖を着ているエンナとサンとブルームにはかなり寒かった。
「何もないぞ」
サンが言う。
「本当にここなの?」
エンナが両腕をさすりながらルーブに言った。
「……ここのはずなんだが……」
「道を間違えたんじゃない?」
エンナが言った。
「いや、ここまで一本道だし、間違えるはずがない」
「じゃあ、間違えたとしたら、あの三本の分かれ道?」
ルーブがいつものように顎に指を当てる。
「あの答えが間違ってるとは思えないんだが」
「じゃあ、ブラックが間違った答えの道を正解ルートにしたのかよ?」
「間違った答えの道を進んだら、ここからだいぶそれた場所に辿り着くはずだ。地図はここをアジトだって示してる。距離も方角もここで合ってる」
ルーブが言った。
「じゃあなんで何もないんだよ!くそ、ここまで来てストップかよ‼」
サンが右足を三回荒野に打ちつけた。と、その直後、地響きがし、地面が大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴゴ……
「な、何だ⁉」
「下がれ‼」
ルーブの掛け声で、四人は何もない荒野から離れるため数メートル下がった。
地面から大きな銀色の三角柱のようなものがいくつも出現し、その下に四角柱が現れた。三角柱はとがった屋根のように見えた。建物全体が把握できる程度で出現は止まり、それは大きな銀色の城のようだった。全体につららのような銀色の物体が建物を覆っており、独特な雰囲気を醸し出していた。
エンナは腰が抜けたように座り込み、ルーブが建物を見上げながらエンナを支えた。サンはなんとか立ち踏ん張り、ブルームは足を折り曲げへたり込んでいた。大きな城が太陽を遮り、黒い影がエンナたちに覆い被さる。
「な、な、な……」
サンが口を開けたまま震わせた。
「何じゃこりゃ‼」
「銀色の……城……‼」
エンナは目を見張る。
「地面の中に隠れてたっていうのかよ……‼」
ルーブはこめかみに汗を垂らす。
「……‼」
ブルームは何も言えず、体を震わせていた。
しばらく城の全体を見ていた四人は、早くなった心臓の鼓動を落ち着かせようと胸のあたりをさすった。
「……ブラックのくせに、城の色は銀色なんだな」
サンが冷や汗を拭きながら城を見た感想を言った。
「……名前がブラックで国がダークネスでその上城の色まで黒だったら、全然意外性ねーだろ」
ルーブがツッコむ。
「どうせなら虹色とかにしてほしいよな」
サンが言う。
「……ファンシーだな」
「な、な、何よこれ…!」
ブルームは震える体を押さえながら言った。
「何よ、ビビってんの?」
エンナはブルームの方を見た。
「はあっ⁉なわけないでしょ‼これはね……武者震いよ‼」
「へぇー、そう」
エンナは勝ち気に笑った。
「二人とも、ケンカしてないで城に入る準備するぞ!」
ルーブが二人を注意した。
四人は創造できる食べ物を出し、それを食べた後、治癒の「緑」の光とエネルギーの「オレンジ」の光を順番に全員に当てた。
「よっしゃ‼」
サンは腕をひねり軽く体操をした。
「準備万端だな」
ルーブも服を整える。
「いよいよね」
エンナは腰に手を当てて城を見上げた。
ブルームはまだ少し不安そうな顔で城を見ていた。
「大丈夫だって」
ルーブがブルームの肩を叩く。
「俺たちがついてるから、何も心配しなくていい」
ルーブは自信に満ちた笑みでブルームを見た。ブルームの顔に少しだけ安堵の表情が戻る。
「よし、行くぞ」
ルーブのかけ声を発端に、四人は城の入り口らしき所に進み出した。扉の上にもつららのような銀色の尖ったものがあった。押して開くタイプの両開きの扉にエンナとルーブは二人で片手を当てる。
27 Mr.ビッグポリー
ギィイイイ……
扉は音を立てて簡単に開いた。まるで自動ドアかのように、二人が少しの力で押しただけで城の奥が見えるまでに扉は内側に折れた。
「……うっ」
中は暗く、玄関らしき内装が見えたがやはり構造がわかりづらい。エンナは遊園地のお化け屋敷を想像した。
四人は慎重に中に入った。最後にブルームが扉の境界線を越えると、大きな音を立てて扉が閉まった。
バタァン‼
「ひっ‼」
ブルームは肩をびくつかせ後ろを振り返った。取っ手に手を当て、開けようと引っ張るが動かない。
「開かない‼」
「……お約束だな」
サンは汗を垂らしながら笑った。
「暗っ……」
エンナは冷静に辺りを見回した。建物内に窓があるため真っ暗ではないが、やはり辺りを把握しづらかった。
「サン、光を出して」
エンナに言われ、サンは手から黄色い光を出して辺りを照らした。辺りの様子がはっきり分かるぐらいの明るさになった。
玄関には年季の入った棚があり、その上には花瓶が置かれていた。濃い紫色の花瓶は上の部分が欠け、枯れた花が挿されていた。上には小さなシャンデリアが下がっていたが、古いのか明かりとして機能しておらず所々が割れていた。全体的に、もとは上品だったが何らかのいわくつきで不気味に感じられるようになったと思われる物が置かれていた。玄関から左折した奥には廊下が続き、部屋がいくつもあるようだ。壁には絵が掛けられているが、真っ黒な花、焼けた廃墟、不気味な抽象画などまともな来客が鑑賞するには全く不向きなものばかりだった。
「……趣味悪っ」
エンナが呟く。
「ゴーストハウスそのものだな……」
サンが苦々しく笑いながら辺りを見回した。
「ブラックは多分最上階だ。途中で何の罠があるか分からないから固まって進むぞ。物を触ったり動かしたりするなよ」
「ああ……」
ルーブの注意にサンが答えた。
不気味な廊下を歩き、一階を一応何事も無く進むと階段が見えた。色は灰色に近い水色で、上る途中には踊り場があった。
四人は階段を上がり、二階に出た。二階は一階とは雰囲気が違い、ちゃんと壊れていない照明があり建物内を照らしていた。だが窓にはカーテンがかけられており太陽の光は差し込んでこない。廊下、床、壁が上品な水色で、飾られている花瓶も割れておらず花も枯れていない。壁に絵は掛けられていなかった。上品だが何となく冷たい感じのする階だ。
四人は迷いながらも広い城の中を進んだ。部屋は全て鍵がかかっておらず、どこにでも入れるようになっていた。上への階段を探し廊下の突き当たりまで進むと、重そうな紫色の大きな扉が現れた。扉にはアルファベットの文字が書かれたパネルがつけられている。
「……なんだ、これは?」
ルーブが扉をさすり、押してみるがびくともしない。
「階段が見当たらないってことは、この奥か?」
サンが言った。
「多分そうね」
エンナが扉につけられているパネルを見た。
「これを解かなきゃ開かないってことかしら」
四人はパネルに近づいた。七枚のアルファベットが書かれたパネルが横一列に並んでいた。
Y
R
O
P
G
I
B
「……ビッグポリー?」
サンが言った。
「なによそれ」
ブルームがツッコむ。
「……さあ」
サンが困ったようにつぶやいた。
ルーブは扉に近づき、パネルを触った。プラスチックでできた手の平サイズの正方形のパネルで、取り外しができるようになっている。
「これを並び替えろってことか?」
ルーブは顎に手を当てる。
「問題文もなんにもないのね。ただこれだけ?」
エンナはパネルをじろじろ見た。
「不親切だな……」
サンが呟いた。
「てきとーにはめていけば開くんじゃない?」
ブルームがそう言い、パネルに触ろうとした。
「待て、これ自体が罠の可能性だってあるんだ、うかつに動かすのは危険だ」
ルーブがブルームの手をつかんだ。
「はめるんじゃなくて、一回取り出すだけなら大丈夫じゃね?」
サンがルーブに言った。ルーブはサンを見た後、軽くうなずいた。
サンは一つずつパネルをはずしていく。他の三人は黙り込み、静かにサンを見守った。
全部のパネルを外し終わったが、扉などに特に変化は見られなかった。サンは額の汗を拭くと、七枚のパネルを床に置こうとした。
「ん?」
サンはパネルの裏に何か文字が書いてあるのに気付いた。
「何か書いてあるぞ」
ルーブはサンからパネルを半分ほど受け取った。エンナにも二枚ほど渡し、裏を見る。
「制」
サンが読む。
「時」
ルーブが言う。
「1」
エンナが言う。
「……なにそれ?」
ブルームが眉をひそめる。
「最初にはまってた順に並べて、そのあとひっくり返してみよう」
ルーブは「BIGPORY」の順に左から並べ、そのあと一つずつひっくり返した。
時
四
十
間
時
限
制
「……制限時間十四時」
ルーブは読み上げた。
「ルーブ、今何時?」
エンナが一応訊ねる。
「午後一時半だ」
ルーブが答える。
「あと三十分……?」
エンナが言った。
「それまでに解けなかったらなんか起こんのかな」
サンが不安そうに言った。
「いや……これはそういう意味じゃない」
ルーブが唇に指を当てながら言った。
「えっ?」
エンナがルーブの方を見た。つられてあとの二人も顔を動かす。
「これは多分……ヒントだ」
四人は床に並べた七枚のパネルを取り囲み座り込んだ。
「並べ替えたら何かの言葉になるの?」
ブルームが誰に対してでもなく尋ねた。
「制限時間十四時……」
エンナは裏返したパネルを見ながら言った。
「十四時って二時のことよね」
ブルームが言った。
「……虹?」
ルーブが呟いた。
「虹は英語でレインボー……つづりは?」
サンがルーブに聞いた。
「R、A、I、N、B、O、Wだ」
ルーブが答える。
「……」
サンが何とか答えを導き出そうと、普段使わない頭をひねる。
四人が考え込みだして十分経過した頃、ブルームが痺れを切らした。
「あーもう‼いくら考えたってわかんないわよ‼はめていくしかないじゃない!」
ブルームはパネルを全部つかむと、一つずつ扉にはめていった。
「お、おいブルーム⁉」
ルーブは慌てて止めようとしたが、ブルームはパネルを全てはめ終えてしまっていた。
Y
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B
G
P
R
I
(「アイ・RPGボーイ」って何だ……)
サンが心の中でツッコんだ。家でRPGのゲームばかりしている自分の姿が頭をかすめる。
「これで間違いないわよ!」
ピコーンと音が鳴り、パネル全体が光った。エンナ、ルーブ、サンは固唾を飲み込んだ。
ガタンという音がし、ブルームの立っていた床が外れた。
「きゃああああ‼」
ブルームは足元からそのまま下に落ち、床下の暗闇に吸い込まれていった。
『ブルーム‼』
ルーブは床穴を覗き込んだ。バッシャーンという水音がはるか下の方から聞こえた。
「おいおい……‼」
「言わんこっちゃないんだから……‼」
サンとエンナは汗を垂らした。
ブルームのいた床がバタンと音を立てて閉じた。ルーブは床を強く叩いたが、びくともしない。
「くっそ‼」
ルーブは悪態をつく。
「間違いってことかよ……」
サンが焦りながら言った。
「これ、間違ったらはめた人だけが落とされるの⁉」
エンナが言った。
「考え直すぞ」
ルーブはパネルを全てはずし、再び「BIGPORY」の順に左から置いた。
「次は間違えられないわよ……」
三人はパネルを取り囲み、座ったまま考えた。
「……ブラックは英語が好きなんだよな」
サンが言った。
「そうね、一問目の問題も英語だし」
エンナが言った。
「……これ、全部違うアルファベットだな」
ルーブが呟く。
「え?」
「同じ文字が一つもない」
エンナはB、I、G、P、O、R、Yの文字を見た。
「……確かにそうね」
「そして裏に書いてある『制限時間十四時……』」
28 インスピレーション
三人がパネルを取り囲んだまま考え込み、再び約十分が経過した。
「あーっ、わかんねーよ‼」
サンが背中側の床に両手をつき体を倒す。
「でも、これを解かないと先に進めないし……」
エンナが疲れた顔で頭に手を当てた。
「十四時まであと十分だし……!」
サンはルーブの腕時計を見ながら焦り始めた。
「こういうときは……インスピレーションだ」
ルーブが言った。
「紫の力を使おう」
『……』
エンナとサンは固まった。
『あ――っ⁉』
エンナとサンは二人同時に叫び、立ち上がった。
「その手があったじゃんか‼」
「そうよ、ルーブ、何で早く言わないのよ‼」
「いや、ギリギリまで俺らの力で解きたかったっていうか……俺のプライドがさ……」
「いいからそれ、早くやるわよ‼」
エンナとルーブは手を重ね合わせ、それぞれ赤い光と青い光を出し、それを合わせた紫の光を体になじませ、サンにも紫色の光を当てた。
床に置かれた七枚のパネルを見た三人の目つきが変わった。
『あっ⁉』
何かひらめいたようだ。
「ルーブ、何か書くものないか⁉」
サンが急いだ口調で言った。
「すまん、持ってきてない……でも」
「みんな考えてることは一緒のようね」
エンナ、ルーブ、サンは顔を見合わせ、同時に頷いた。
「赤は英語でレッド」
エンナが言った。
「頭文字は?」
サンがルーブを見る。
「R」
ルーブがそう言い、「R」のパネルを一番左に置きなおす。
「橙はオレンジ」
「じゃあ次はOだな!」
五枚目を並べ終えた後、サンは首を捻った。
「六色目ってなんだ?」
「残ってるのは『I』と『P』……紫がパープルだとしたら、Iは……インディゴだ!」
ルーブは七枚全てを並び替えた。
P
I
B
G
Y
O
R
「RED、ORANGE、YELLOW、GREEN、BLUE、INDIGO、PURPLE、この頭文字を『虹』の七色に並べた順番、これが正解だ‼」
ルーブが叫び、サンは順番通りに七枚のパネルを壁に当てはめていった。
再びピコーンと音がし、ブルームがはめた時と同じようにパネルが光った。
エンナは祈るように両手を組み、ルーブとサンも顔をこわばらせて扉を見守った。
ガチャッ。
扉の取っ手の部分から音がし、パネルの光が消えた。
『……』
三人は固まり、数秒同じ姿勢でその場から動かなかった。
「……え?」
サンが口を開いた。
「開いた、の……?」
エンナが言った。
ルーブはぎこちない動作でおそるおそる扉を押した。
ゴゴゴゴゴゴ……
紫色の扉は重そうな音を立てて開いた。
「やった‼」
「正解よ‼」
エンナとサンはお互いに手を取り合い喜んだ。ルーブは息を吐き、胸を撫で下ろす。
三人は扉を開き、中へ入る。一階から二階へ来た時とは違い、螺旋階段が現れたが、紫色の扉が自動的に閉まり真っ暗になった。
「うわっ‼真っ暗」
エンナが慌てふためく。
「サン、明かり!」
ルーブの声で、サンは右手から光を出して辺りを照らした。階段は古びたコンクリートで、辺りに窓は無く全く光が入ってこなかった。
「ほんと不親切な城よね……」
エンナが愚痴をこぼす。
三人は空虚な音を鳴らし階段を登っていった。足音が閑散とした階段に響く。
螺旋階段は続き、登りながら円を五回描いたところで階段は終わった。目の前には先ほどの紫色の扉よりもっと重そうな漆黒の扉が現れた。
「多分、この先が……」
エンナが汗を垂らしながら言った。
「ブラックの部屋だ」
サンが答える。
「行くぞ‼」
ルーブは二人に合図し、扉を押した。
29 ブラックの部屋
全体の床、壁、天井が黒い大理石のようなものでできた部屋に、エンナたちは現れた。部屋の広さは六十平方メートルほどだ。西向きの部屋の窓は暗い藍色のカーテンで覆われており、北と南、両方の窓側には蝋燭が等間隔で置かれ、部屋全体を照らしていた。奥には人が上がれるステージがあり、その上の大仰な肘掛椅子に男が座っていた。
男はウェーブがかった黒髪で、髪を無造作に肩までおろしていた。鼻の下と顎に髭を生やしており、顎髭は首の下まで伸びていた。目元、頬、口元にシワがあり、全体的に老け顔だ。見た目は五十代ぐらいだろう。浮浪者を想像させるような雰囲気で、黒いコートを羽織り、濃い灰色のブーツを履いていた。
「……よくここまで来たな」
ブラックは頬杖をつきながら三人を見下ろした。
「色彩をかえせ‼」
サンは震えそうになる足を踏ん張り、勇敢にブラックに向かって叫んだ。
「……これのことか?」
ブラックは水晶玉を取り出し、左手に持ちながらゆっくりと回して見せた。ハンドボール程の大きさの水晶玉の中に、色彩がうごめき漂う。
「返してほしいなら、力で俺に勝るところを証明してみせろ」
ブラックは肘掛椅子から立ち上がり、水晶玉を椅子の後ろに隠れている台の上に置いた。
「この絶対的な『黒』の力になぁ‼」
ブラックは両手を広げ、体全身から『黒』の力を放出した。黒いオーラが辺りに広がり、エンナ、ルーブ、サンを包み込む。
「うっ‼」
(な、何⁉この重圧……)
エンナは胸に手を当て体を屈む。ルーブとサンも同じ様子だ。
サンは胸を押さえ、汗を流しながら歯を出して笑った。武者震いをしているようだ。
「ああああ‼」
エンナは掌から赤い光の塊を生み出すと、思い切り体に打ちつけた。エンナの体が芯から赤く輝き始めた。赤い光がエンナを包んでいた黒いオーラを打ち消す。
「なるほど」
そう呟き、ルーブも青い光を体に打ちつけた。それを見たサンも同じように光を体に当てる。
三人はそれぞれ赤、青、黄色の光を身にまとった。
「赤、青、黄の能力か……だがそれだけで俺に勝てるかな?」
ブラックは口元を歪めた。
「あんたに勝たないと……世界はずっと白黒のままなんでしょ⁉あたしは絶対、あんたから色を取り戻す‼」
エンナは体の中心を赤く光らせながら勇猛に叫んだ。
「そういうことよ‼」
「俺も同意だ!」
サンとルーブも叫ぶ。
エンナは炎、ルーブは青い結晶、サンは雷を創造し同時にブラックに向かっていった。
「フン」
ブラックはどこからか取り出した黒いダガーを三つ、エンナ、ルーブ、サンの後ろに投げた。ダガーは三人の影に刺さり、途端に三人は体の自由がきかなくなった。
「な、何⁉」
「うっ!」
「動けない……!」
ブラックは追い打ちをかけるかのように墨を三人の目に飛ばした。
「きゃっ!」
「うわっ、なんだ⁉」
「目が見えない……‼」
三人は目をこするが、墨は目元にべっとりとついたまま落ちない。動きを封じられ、視界を奪われた三人は焦る。
「さあ、どうする?」
ブラックはステージの上に立ったまま三人を見ていた。
「ルーブ‼上に、お湯を思いっきりぶちまけて‼」
ルーブは一瞬戸惑ったが、エンナの言った意味が分かったのか、すぐさま両手を上にあげ、あたっても火傷しない程度の熱い湯を放出した。
「上向いて‼」
エンナの大声で、三人は上を向いた。湯が顔に当たり、墨が流れ落ちた。
「よし……!」
三人は腕で顔を拭いた。顔から墨が取れ、前が見えるようになった。
「サン‼あたしたちの後ろに、大きな光を放って‼」
サンは光を三人の後ろに放った。エンナたちの後ろにできていた影が消え、前に移った。途端に自由に動けるようになる。
「なるほど……少しは頭を使ったようだな」
エンナは炎、ルーブは青い結晶、サンは雷をブラックへと放つ。
ブラックは右手から黒い渦を出した。炎、結晶、雷がそれに吸い込まれていく。
「⁉」
エンナは目を開いてそれを見た。
「あれは……‼」
「ブラックホール⁉」
サンとルーブは立ち止まった。
「黒は全てを吸収する色……全ての攻撃は俺には効かない」
ブラックは三段になっているステージの階段を一つ降りた。
「おそれろ、絶望しろ……この『力』の前に‼」
三人はブラックから放たれた黒い塊をまともに受けた。
『うあぁっ‼』
エンナは体の中に異様な重みと苦しみを感じ、胸を押さえ膝をついた。ルーブ、サンも同じ様子だ。
「う……っ」
(何、これ……心が、急に不安に……)
「黒の象徴するものが何か知ってるか?」
ブラックは二つ目の階段を下りた。
「不安や恐怖……そして“死”なんだよ」
エンナはルーブとサンを見た。二人の顔が段々と憂鬱に、暗くなっていく。
「さあ、このまま“黒”に蝕まれて死ぬがいい‼」
(このままじゃ……!)
エンナは苦しくなる心を押さえ、力を振り絞って炎を出し、それを体の中心に当てる。
「うあああっ‼」
エンナの炎で黒の力が打ち消され、黒いもやが消えた。
「……ハァッ、ハァ……」
なんとか立ち上がり、ルーブとサンを振り返る。二人は床にうつぶせに倒れていた。
「ルーブ、サン‼」
ブラックは三つ目の階段を下りた。
「あとはお前だけだ」
エンナは胸を押さえ、たじろぎ、ブラックを見据えた。
「……その前に教えて……何で世界の色を奪ったりしたの?」
ブラックはエンナの顔を見ると、目を伏せ息を吐いたあと、再びエンナを見た。
「……まあいい、教えてやろう」
ブラックは降りてきた階段を上りながら話し始めた。
「俺はカラフィリアの隣の星、『シュバルツ』という星の王だった。だが十年ほど前から俺の星の色が少しずつ消え始め、やがては白黒の星になっちまった。だが一方でカラフィリアはますます色彩豊かになるばかり――それで俺は思ったのさ、『誰かが俺の星の色彩を吸い取っている』ってな」
エンナは唾を飲み込み、ブラックの話を聞いていた。
「それがカラフィリアの中心国、パラディナの女王、ミルフィーネだ」
エンナは目を見開き、体を震わせ、ブラックを焦点の定まらない瞳で見ていた。
「だから仕返してやろうと思ったんだよ。ついでに色彩を奪い返そうとな」
「……そんなわけない」
エンナは震える唇で言い放った。
「あ?」
「女王さまがそんなことするわけない……‼」
エンナは両拳を握りしめた。左手の中指につけた白い指輪の感覚が妙に意識される。
「ハッ……お前らに色彩魔法を与えたのは女王だもんなぁ……じゃあ聞くが、何でお前らにダークネスに行けと命じたんだ?色彩を取り返すためだろう?」
「……それは……‼」
「お前たちはただ利用されていただけ。黒幕は女王なんだよ」
「違う……‼」
「もういい」
ブラックは左手をエンナの目の前にかざした。エンナは目をひきつらせる。
「話は終わった。とっととくたばれ」
ブラックは黒の色彩効果をエンナに向かって放った。それと同時にルーブがエンナの足をつかみ、エンナは床に転んだ。黒い色彩が空中を通過していく。
「……ルーブ‼」
エンナは起き上がり、足を掴んだルーブの方を振り向く。ブラックは顔をしかめる。
「あきらめんな……女王さまを信じろ‼」
その直後、閉まっていた漆黒の扉が音を立てて開いた。
『ブルーム‼』
エンナとルーブは同時に叫んだ。
「こ、怖かったけど、来たわよ……‼あたしがいないと意味ないって言われたもん‼」
ブルームはエンナたちのそばに行き、倒れているサンに緑の治癒の力を与えた。
「……真実を知りたいのよ」
エンナはブラックに言う。
「……真実だと?そんなものがどうやってわかる」
エンナは左手にはめていた白い指輪をはずし、床に捨てた。
「ルーブ!青い光を、ブルーム!緑の光を、出して、あたしの赤い光と合わせて‼」
二人は言われるがままに光彩を出した。そしてエンナは、赤い光を右手から出し、二人の光と重ねた。
「……‼」
赤、青、緑の光が重なり、白い光となった。
「私たちの敵は誰⁉」
エンナは光に訊ねた。白い光は一筋の白い光線になり、ブラックを照らした。
「なんだと……⁉」
ブラックはたじろいだ。
「サンは⁉」
エンナが後ろを振り向く。
「……起きたぜ」
サンが笑いながら立ち上がる。
「みんな、いくわよ‼」
エンナは炎、ルーブは水、サンは雷、ブルームは植物を手から創造し、四つの属性をそれぞれからませ、ブラックに向けて発射した。
『レインボー・フォルスアタック‼』
攻撃はもの凄い速さで突き進み、ブラックに直撃した。
「ぐあぁあああ‼」
ブラックはステージの上に仰向けに寝転がった。
30 最後のあがきと『赤』
四人は息を切らし、ルーブとサンは膝をついた。まだブラックから受けたダメージが残っているのだろう。
『うっ……』
「大丈夫⁉」
ブルームがルーブとサンを支える。
「……でもこれで……」
ルーブがブラックを見る。ブラックは寝転んだまま動かなかった。
「倒した……⁉」
エンナがブラックの様子を見ようと近づこうとした。
「……っくくっくっ……」
ブラックは顔に右手を当て、笑いながら起き上がった。
「ふははははは‼」
そして一気に立ち上がり、『黒』の色彩効果をエンナたちに撒き散らした。
『うあっ……‼』
四人は不意打ちを食らい、胸を押さえこみその場に崩れ落ちた。
「な……何で……」
エンナは体を押さえながらブラックを見る。
「色を受け継いだマジッカーはその色の特性を持つ。俺の司る色は黒……意識すればどんな攻撃も吸収できちまうのさ……知られざる特性だ」
ルーブとサンは黒いオーラにやられ、完全に倒れていた。エンナとブルームは震えながらなんとか立ち上がる。
「女二人で、俺に立ち向かうか?」
ブラックは影のある笑みを二人に向ける。
「ブルーム」
エンナは左隣にいるブルームに右手を差し出す。
「手をつないで。こっちも黒で、対抗するわよ‼」
ブルームはエンナの言っている意味を察した。赤と緑を足せば、黒に近い灰色になる。
ブルームはエンナと手を組み、ブラックの方へ向けた。
「はっ……愚かな選択だな」
ブラックは片手を伸ばし、手の平を二人の方へ向けた。
「うあああああ‼」
ブラックの黒い光線とエンナとブルームの組んだ手から出た濃い灰色の光線がぶつかる。
二つの『色』を合わせると威力が倍になるため、若干エンナたちの方がブラックを押していた。
「ちっ……」
「ああああああ‼」
エンナとブルームの光線がブラックの光線を押し切ろうとした。
「そんなものが効くかぁ‼」
ブラックの黒い光線が威力を増し、二つの光線が弾け飛んだ。
「……ハァ、ハァ……」
二人は息を切らした。数秒後、ブルームが膝をつきその場に倒れ込んだ。ブラックのオーラに圧されたのだろう。
「……ブルーム‼」
エンナはブルームを振り返りながら叫んだ。
「終わりだな……」
ブラックは虚ろな目で片手を伸ばし、エンナに近づく。
「うあああああああ‼」
エンナは胸に手を当て、渾身の力を込めて叫んだ。女王から授かった、胸の中心に在る赤い珠が輝きを増す。エンナ、ルーブ、サン、ブルームを取り囲むように炎が出現し、ブラックとエンナを引き離した。
「……なんだと」
ブラックが一歩下がり、たじろいだ隙にエンナは炎を突き破り、ブラックを突き飛ばしステージに上がろうとする。
「させるか‼」
ブラックは後ろから黒いダガーを飛ばし、エンナを攻撃する。ダガーが五つエンナの背中に刺さり、エンナはステージを上りきるが倒れてしまう。
「うあっ……‼」
エンナの目の前には椅子の後ろに隠されていた水晶玉があった。痛みで視界がぼやける。色彩が混ざり、虹色になってうごめいている色が水晶玉の中に見える。
(目の前にあるのに……‼)
エンナには、もう何かを創造する気力がない。
「……ゲームオーバーだ」
ブラックが階段を上がる音が聞こえる。
エンナの背中から流れる血が、右腕のあたりに溜まってきた。
「……よくここまであがいたな」
ブラックがエンナの後ろに立った。とどめを刺そうと、片手をエンナに向ける。
エンナは最後の力を振り絞り、床に溜まった血を結晶のように固め、尖らせ、水晶玉に向けて放った。
ブラックが最後の色彩効果を放つより前に、赤い血の結晶が水晶玉に刺さり、割れた。
水晶の破片が辺りに飛び、中から解き放たれた大量の色彩が放出された。色彩は部屋中に蔓延し、ヴェガンサ城の屋根を吹き飛ばした。
「な……に⁉」
ブラックは慌てる。
「エンナ―っ‼」
ルーブの水、サンの雷、ブルームの植物が合わさったトルネード攻撃がブラックに当たった。ブラックは不意を突かれ、ステージに倒れる。
「大丈夫か⁉」
三人がステージに駆け上がる。
「みんな……大丈夫だったの……?」
エンナは弱々しく呟く。
「ブルーム、治癒‼」
ブルームは急いで緑の光をブルームの背中に当てた。ルーブがエンナの背中に刺さったダガーをゆっくり抜く。
「お前が出してくれた炎のおかげだ」
サンが黄色い光をエンナに当てながら言った。
「ああ、あれ……」
回復したエンナはゆっくりと起き上がった。
「命の炎、だろ?」
ルーブが男前に笑った。エンナは頷く。
「でもこれで……」
エンナが呟く。
「ああ」
「やっと世界に色彩が戻るな」
31 本当の黒幕
四人は青い空を見上げた。――しかし、色彩が消えていなかったはずのダークネスの青い空が、徐々に灰色へと変化していくのを四人は見た。まるで、最初に色が消えた日のように――
「えっ……⁉」
エンナは目を見張った。空だけではなく、下に見える周囲の草や木々、大地までが、白黒へと変わっていった。
「どういうことだ……⁉」
この状況に一番驚愕したのはブラックだった。
拍手が三回、屋根がふっとんだブラックの部屋に鳴り響いた。
扉の前に、シャッフルが立っていた。初めて会った時と同じ格好で、扉にもたれかかりながら足を組んでいた。
「お前……」
ブラックが厳めしい表情でシャッフルを見た。
「ゲーム終了。あんたの負けだよ、ブラック様」
エンナたちは察せない表情でブラックとシャッフルの様子を見ていた。
「お前が黒幕か……‼」
ブラックは物凄い形相でシャッフルを睨んだ。
「僕は最初から、誰の味方でもないよ」
シャッフルは両の手の平を上に向けながら言った。
「それに、真実はまだあばかれちゃいないよ?ねぇ、エンナ」
突然名前を呼ばれ、エンナは体を強張らせる。
「あんたが黒幕なんでしょ……⁉」
エンナはシャッフルを睨む。
「僕じゃないよ。なんなら真実の白に聞いてみなよ」
シャッフルは意味深に笑う。
「……ルーブ、ブルーム、お願い」
エンナは赤、ルーブが青、ブルームが緑の光を出し、交錯させる。三つの光が混じり、白となった。
「本当の黒幕は誰……⁉」
白い光は一本のラインとなり、あちこちに反射し、やがて――エンナの赤いスカーフを照らした。
「え……⁉」
エンナは目を見張る。
「まさか、エンナ⁉」
サンが言った。
「バカ、違う……‼」
ルーブは強い口調でサンに言った。
「赤……」
エンナは震える唇で呟いた。
(言わなかったけど、僕もマジッカーなんだよ。それもエンナと同じ、赤のね)
「アルバートさん……?」
アルバートは医務室にいた。前にはベッドがあり、女王が息を立てて眠っている。アルバートは思いつめたような顔をし、右手を開いたり握り締めたりしていた。
カラフィリア中の色が消え、三日が経とうとしていた。交通は信号機の色が判別できなくなったため一時混乱に陥ったが、交通課の者による指導で信号機の代わりは成り立っていた。ただ、色彩がないためウィンカーなどが判別しづらく事故は増加した。果樹園などの農業をする者においては果物などの色の変化がわからず収穫に困り、料理においてはそれをする者全てが困難に陥った。
民衆の不満が高まり、王宮の周りが騒がしくなってきているのは確かであった。表立った波乱はないものの、ストレスは確実に高まっていた。
「……舞台は整った」
アルバートは王宮のバルコニーから庭を見下ろした。手には王宮の奥に厳重に隠されていた水晶玉を持っていた。ダークネスから放出された色彩が全て、アルバートの持つ水晶玉に吸収される。
「どういうこと……⁉」
エンナは驚愕する。
シャッフルは立ち上がったブラックに向けて、左手から強烈な冷気を放った。ブラックの全身を凍らせ、やがてはステージの階段に磔にするように氷らせた。氷はステージ全体を覆い尽くし、ブラックの部屋に蔓延した。エンナ、ルーブ、サンに被害は無かったものの、有無を言わせない出来事に三人は固まった。
「さよなら」
シャッフルはそう言った後、漆黒の扉を通り抜けて姿を消した。
残された三人は我に返り、部屋中の氷とブラックを見た。
「……どうする?」
サンが問う。
「どうするって……」
ルーブが言った。
「ブラックは騙されてたのよ。助けてあげないと……それに、このまま放っといたら死んじゃう」
エンナはブラックに近づき、炎を出してまずは周りの氷を溶かした。
「仕方ないな」
ルーブも熱湯を浴びせ、ブラックの周囲の氷を溶かす。氷が溶け、体が露わになる。
「……う……」
ブラックが呻いた。
エンナは赤い「熱」の色彩効果をブラックに当て、体を温めた。
「……何で俺を助ける?」
ブラックが呟いた。
「あんたは黒幕じゃないんでしょ。生きて、真相を知る必要があるから」
「……そうか……」
ブラックはうなだれた。エンナは全身を赤く照らし、体を早く温めるためブラックを抱き締めた。その温もりを受けて、ブラックは何かを悟ったように目を伏せる。
「……お前の赤は、熱さだけじゃない……何か、不思議な力を感じる……」
「え?」
エンナはブラックを見た。
「……それは、自分で見つけるんだな……」
ブラックは安らかな表情で目を閉じた。
「パラディナに戻らないと」
眠ったブラックを体から放した後、エンナが言った。
「女王さまが危ない……‼」
ルーブが焦りながら言う。
「でも、どうやって王宮まで戻るんだ⁉ここまで辿り着くのに三日かかったし、走っていくには無理があるぞ⁉」
サンがそう言った時、眠っているはずの人物から声が聞こえた。
「俺のドラゴンを貸してやる」
いつの間にか目覚めていたブラックが座ったままそう言い、エンナたちは驚く。
「起きるの早っ‼」
「……その前に、お前らの力で俺を回復してくれ。さすがに体がやばい」
ブルームとエンナとサンはブラックに緑色の光とオレンジ色の光を順番に当てた。
「ドラゴンって……」
サンが微かに恐れながら、若干期待の高まった目でブラックを見る。
体を完全に回復させたブラックは立ち上がり、部屋の壁まで近づき隠されていたスイッチを押した。途端に城の位置が下がり始める。
ゴゴゴゴゴ……
エンナたちが一階へ入った時と同じ位置まで三階を下げると、ブラックは部屋の北側のカーテンを引き、開き窓を開け、外に出た。
「来い」
四人はブラックの後を追って外に出る。夕方のため、昼間よりやや弱くなった光がエンナたちを照らす。
「ニーグル‼」
ブラックが空に向かって大声を張り上げると、どこからともなく全身黒い鱗で覆われた翼竜が現れた。全長五メートルはある体格に、エンナたちは気圧される。
「ドラゴンなんて……カラフィリアにいたのか⁉」
サンが驚く。
「俺の星から一匹だけ連れてきたんだよ。シュバルツにはごろごろいるぜ」
ブラックが両手を前に出し「座れ」と指示するように手を動かすと、ニーグルは頭を下げて大人しくかがんだ。ブラックはニーグルの首のあたりに座った。
「全員乗れ。王宮までの道を案内しろ」
エンナ、ルーブ、サン、ブルームは順番に、慎重にニーグルの背中に乗った。ブルームは怖いのか、体を震わせている。サンはわくわくしながらニーグルが飛び立つのを待っていた。
「振り落とされんなよ」
ブラックが合図すると、五人の体が宙に浮き、ニーグルが空に舞い上がった。
「うおおお‼」
サンは興奮した。
「行け‼」
ブラックのかけ声と共に、ニーグルはもの凄いスピードで空を飛び始めた。行く方角は南西だ。
「きゃああああー‼」
ブルームは恐怖で叫び声をあげた。必死でニーグルの背中にしがみつく。
ニーグルはぐんぐんと高度を上げ、ダークネスの街や遠くに見えるパラディナ、二つを隔てる広い海が下に小さく見えた。
「ひゃっほーう‼」
サンはハイテンションで歓声を上げる。
五人を乗せたニーグルは、パラディナの王宮へ向かっていった。
32 VSアルバート
日が沈み、辺りが暗くなり夜に入ろうとしている頃。時刻は午後六時を回っていた。
王宮にいたジーバは廊下で壁にもたれかかり、メイドたちは食堂のテーブルで机に伏せ眠っていた。近くにはアルバートの入れた紅茶のカップが転がっていた。女王の夫でありパラディナの王であるエンジは、病気で床に伏せているため、誰もアルバートが王宮の者たちを眠らせていることを知らなかった。アルバートは水晶玉を抱えると、再び医務室に戻ってきた。眠っている女王の前に水晶玉をかざし、何かをしようとしている。
「そこまでよ‼」
エンナ、ルーブ、サン、ブルームが医務室にドタドタと入ってきた。アルバートは目を見開き、医務室の窓から外に飛び降りた。
「待ちなさい‼」
エンナたちは王宮の玄関から外に出る。アルバートが王宮の庭に出ると、ブラックが待ち構えていた。
「……よお」
続いてエンナたちが王宮の庭に辿り着いた。エンナ、ルーブ、サン、ブルーム、ブラックはアルバートと対峙した。
「アルバートさん、何で……」
エンナが未だに信じられない、という顔つきで言った。
「……お前らの知らないことがたくさんあるんだよ」
アルバートは冷徹な顔でそう言った。
「あの時、色彩魔法を教えてくれたのは、何だったんですか‼」
「戦う相手は対等じゃないとつまらないからさ」
「戦う相手、って……」
エンナは瞳孔を見開き、体を震わせた。
「場所を移動する。来い」
アルバートは身軽な体で飛び、王宮から離れた草原へ移動した。
「あっ、待って‼」
エンナたち五人も急いで草原へ移動した。
「シャッフル」
アルバートがそう言うと、王宮の方向からシャッフルが現れた。
「お前、どこからやってきた……‼」
ブラックが凶悪な表情でシャッフルを睨む。
「さあ?」
シャッフルは人が通れる透明なガラスさえあればワープトンネルとして使うことができるのだ。それでブラックの城とパラディナの城を行き来したらしい。
「シャッフル、例のやつを」
「はいはい」
シャッフルはアルバートに虹色に輝く小さな欠片を渡した。それは水晶玉にとてもよく似ていた。アルバートはためらいなくそれを飲み込んだ。
『⁉』
エンナたちは顔をしかめる。
アルバートの体の中心が虹色に光り、しばらくするとその輝きは収まった。
「くっくっくっ……」
アルバートは体を小刻みに震わせ、笑い出した。
「あっはっはっはっは‼」
五人は二人と対峙し、アルバートの様子を怪訝な表情で見ていた。
「これで僕は最強だ……」
アルバートは手の平から炎を創造し、エンナたちの方へ放った。巨大な炎が五人を取り囲む。
「ルーブ、水‼」
エンナがルーブを振り向いた。ルーブは手の平から水を創造し、炎に撒き散らした。炎は音を立てて消えた。
「このやろう‼」
サンが雷を創造し、アルバートに向かってぶつけようとした。アルバートの体が緑色に光り、地中から樹木が現れた。電撃が樹に当たり、はね返る。
「なんだと⁉」
サンがたじろいだその隙に、アルバートはサンに青い炎を放つ。
「うわっ‼」
サンは数メートル後ろに下がり、距離を取った。間一髪で炎を避けることができたようだ。
「なんで、植物や青い炎が……⁉」
ルーブが言った。
「アルバートさんは赤のマジッカー……『赤』の力しか使えないはずじゃ⁉」
エンナは戸惑う。
「人間が色彩魔法を使うには色の珠を体に取り込めばいい……だったら全ての色を持つ水晶玉の一部を取り込んだらどうなる?」
ブラックは顔をしかめた。
「全ての色彩魔法が使えるってことか……‼」
アルバートは醜い顔で笑った。
「ご名答‼俺とこいつが二人で組めば、どんな色も操れるってことなんだよ‼」
アルバートは正面から見て左側に立っているシャッフルの左肩を右手で掴んだ。
「ああ、あとそこの緑髪の小娘。俺が王宮の秘宝だって言って渡した透明マントは俺の持ち物だ。シャッフルが俺にくれたものだよ」
ブルームは驚愕した。
「さあ、派手なステージの幕開けだ‼」
アルバートはシャッフルの肩を叩いた。それを皮切りに、シャッフルは巨大なつららを空中に何本も出現させ、五人に向けて放った。
「きゃあっ‼」
エンナとブルームは自身の身を庇った。辺りに冷気のためか白い煙が充満する。ルーブとサンは、それを突っ切り煙から姿を現し、シャッフルに向かっていった。ルーブは水、サンは雷を創造し、二つを絡み合わせトルネード攻撃をシャッフルに放つ。シャッフルは透明な水晶のバリアを攻撃が斜め上に反射するように出した。
「フフ」
シャッフルは笑い、左手から冷気を発した。二人の全身が一気に氷った。
「ルーブ、サン‼」
ルーブは青い炎、サンは雷を創造し氷を壊した。息をつく間もなくルーブは硫酸銅を飛ばす。シャッフルは再び透明なバリアで身を守る。ルーブは弾き返された硫酸銅を液状に変化させ、再びシャッフルに向けて放った。シャッフルは全身から風を創造し、液状の硫酸銅を吹き飛ばした。液体が辺りに飛び散る。
「くっ」
ルーブは顔を腕で守り、表情をしかめる。
「いい攻撃だね……でもまだ」
「サン‼」
ルーブの声で、サンは雷を一直線上にシャッフルへ撃った。シャッフルは素早くガラスの破片のようなものを右手に創造し、それのみで電撃を防いだ。破片を動かし角度を調整し、電撃をサンの方へ跳ね返す。
「うっ‼」
撥ね返ってきた電撃を避けようとあわててサンは顔を右に動かしたが、左頬にかすってしまう。
「強い……‼」
サンは頬を左手でこすりながら呟いた。
エンナは炎、ブラックは黒い色彩効果をアルバートに向けて放った。アルバートは右手で水を、左手で赤い色彩効果を放ち、炎を消し黒い光線を相殺させた。エンナは続けてルビーを飛ばしたが、アルバートが片手で飛ばした赤い石の方が数も多く素早く、ルビーを弾き飛ばしエンナの左肩に命中させた。
「あっ……‼」
エンナは後ろに下がり、左肩に刺さった赤い石を抜く。少量だが血が流れ出す。
ブラックは手に力を込め、黒い色彩の光線を撃ち続けた。アルバートは更に力を入れ、ブラックの光線の二倍ほどの力で押し返す。赤と黒の光がぶつかり、黒は赤い光に掻き消されそうだ。
「……ぐっ」
ブラックは表情を歪める。
「俺が一体何年マジッカーをやってると思ってんだ……三日前に色彩魔法を覚えた奴らとはわけが違うんだよ‼」
アルバートの光線がブラックを押し切り、ブラックを吹っ飛ばした。
「シャッフル」
アルバートが視線で合図した。シャッフルは指を鳴らす。エンナたちの周りから、酸素が消える。
「……⁉」
ブルームの顔色が変わる。
「……‼」
ブラックも、シャッフルが何をしたか気付いたらしい。
ルーブは素早く前に飛び出し、熱湯をシャッフルに向けて放った。不意を突かれたシャッフルは湯をかぶる。
「あちっ」
続けてサンがシャッフルに向けて雷を放った。シャッフルは反応し避けようとするが、熱さで目をつぶったため反応が遅くなり、半分当たった。途端に消えた酸素が元に戻り、呼吸ができるようになる。どうやら、シャッフルにダメージを与えれば効果は解けるらしい。
「……っは‼」
ブルームが水中から顔を出した時のように呼吸を喘いだ。
「危なかった」
ルーブはそう言い後ろに下がった。サンもシャッフルから距離を取る。
「……さっさと息絶えればいいものを」
アルバートは悲愴な顔でエンナたちを見下した。
「アルバートさん‼教えてよ、何でこんなことをするの⁉一体、何があったの‼」
エンナは悲痛な表情で叫ぶ。
アルバートは哀愁漂う顔で黙り、しばらくしてから口を開いた。
「まだそんな呼び方をするのか……」
アルバートはエンナの瞳を真っ直ぐ見た。
32 アルバートの過去
「俺はカラフィリアやシュバルツより遥かに小さな星、『エメシス』の王子だった」
エンナたちは驚き、ざわめいた。
「エメシスは色彩のない星だ。民衆たちは色彩豊かなカラフィリアに移り住んだ。だが俺にはプライドがあった。まして王子だ。俺はエメシスに残り続けたが、遂には王や女王、恋人までカラフィリアに移ろうと言い出した」
「なんでですか!父上と母上は、星を見捨てるんですか⁉」
アルバートは王に詰め寄った。白を基調とした、首回りや袖の部分に刺繍が施された服を着ている。資源が豊富なエメシス星の、地中奥深くから採られる石油で作られた高級品だ。
「仕方ないだろう。民がカラフィリアに住むことを望んでいるんだ」
「俺は反対です!」
「……人間とは、より美しい場所に住みたいと思うものですよ」
女王がなだめるように言った。
「エメシスが美しくないというんですか!」
「エメシスは俺の故郷だ。それを捨ててまで他の星に移るなんて俺には考えられなかった。けれど結局は俺以外の奴は全員行っちまった。自分の星を捨てて」
エンナは真っ直ぐにアルバートの瞳を見つめていた。ルーブやサン、ブラックたちも、攻撃を止めてアルバートの話を聞いていた。
「カラフィリアから半分だけ色を吸い取り、エメシスに与えれば民は戻ってくると考えたが、王宮の書籍を読む限り、もともと色彩のない星に色を与えることは不可能だと知った。俺は行き場のない悲しみと怒りをどこにもぶつけることができなかった」
アルバートは誰もいなくなった、さびれた王宮に一人住んでいた。三つ並んでいる椅子の一番右側に、憂鬱そうにうなだれ座っていた。かつてエメシスの王と女王が座っていた、隣の空席となった椅子を見つめて。
それが、今から五年前のこと。アルバートが二十三歳の時の話だ。
「……初めまして」
突然の来訪者だった。
背は百五十五センチメートル程で、水色のシャツの上に白いランニングシャツを重ね着し、薄水色のズボンを穿いている。足元の靴は真っ白だ。髪は白っぽく、前髪は前から見て右側だけ微妙に目にかぶさっていた。髪は肩にかかる程度まで伸びており、全体的にボサボサだ。
「僕はシャッフル。君に、話があって来たんだ」
「話……?」
アルバートは訪ねてきた少年を見て驚いた。推定十四歳ぐらいだろう。なぜこんな少年が自分を訪ねてきたのか不思議だった。
「これを見てくれ」
シャッフルは半透明な水晶玉をアルバートの目の前にかざした。
「これは僕の曽祖父の兄から受け継がれてきたものだ。色彩を吸い取ったり、放出したりできる力がある」
シャッフルは水晶玉を見た。それは透明度はさほど高くないが、独特な輝きを放ち、見る者を引き付ける力があった。
「……色彩……ね」
アルバートは呟いた。
「あいにく、人の肌や目の色しか、色というものを見たことがないんでね。そう説明されても、それにどういう使い道があるかわからないが」
アルバートの言葉に、若いシャッフルはフッ、と笑った。
「カラフィリアには、余分なほどの色彩が溢れてるんですよ」
「……その星から色を吸い取ったところで、エメシス星に色彩を与えることは不可能なんだよ」
「なんの話をしてるんです?」
アルバートはシャッフルの顔を見た時、得体の知れない恐怖に襲われた。瞳孔は不気味に開き、口は歪めながら上に吊り上げられている。こいつはただの少年なんかじゃない――
――こいつは、誰だ?
「僕が話したいのはそんなことじゃないですよ」
シャッフルの表情が最初に現れた時と同じように戻った。アルバートは右手に湿り気を感じながら手の平を握りしめる。
「八百五十二年から六年にかけて、シュバルツ星から色彩が完全に消えたのはご存知ですか?」
「……ああ、僕が十八歳ぐらいの時だろう。なんとなくそんな話は聞いたよ。ただ、星は性質によって色彩が徐々に消えていくっていう話もあるから、自然現象だって結論だった。ただその時はカラフィリアに王や民たちが移り住んで、それどころじゃなかったから、特に気に留めなかったが」
「八百五十二年には、カラフィリアの女王がシュバルツに調査に来てるんですよ」
「……」
アルバートは怪訝な表情をした。
「何かおかしいと思いません?」
「……何がだ」
「カラフィリアの女王がシュバルツに何かをした……とかだったら」
アルバートは黙ったまま目線を横にずらし、考え込んだ。
「……色彩魔法を、ご存知ですか?」
アルバートは訝しげな表情のまま顔を上げた。
「色彩豊かなカラフィリアで使える魔法です。もちろん、吸い取った十分な色彩があれば、どの星でも使えないことはないですが」
シャッフルは水晶玉を掲げた。
「例えば『赤』を受け継げば赤いものを操れます。生み出すことも可能です」
「……それは……すごいな」
「水晶玉を取り込めば、全色を操ることも可能ですよ」
「……」
「そうすれば、誰もあなたに敵いません」
「……どういうつもりなんだ?」
シャッフルは微笑んだ。
「君から全てを奪った、色彩豊かなカラフィリアが憎くないか?」
シャッフルは口調を敬語から地に戻し、低い声で囁いた。
「エメシスにだけ色彩が無いなんて不公平だ。カラフィリアから色彩を全て奪い取って消してしまえば、宇宙の星は全て平等だ。それに、吸い取った色彩の力でカラフィリアをめちゃくちゃにしてやったっていいんだ」
うなだれて座ったままのアルバートにシャッフルは最後、振り向きながら言う。
「君にその気があるなら、最初にパラディナの女王、ミルフィーネの所へ行くといい。彼女はカラフィリアで一番優秀な色彩能力者だし、バカがつくほどお人好しだ。行き倒れたふりでもして倒れてれば、きっと君を受け入れてくれるだろう」
シャッフルはアルバートの目の前に水晶玉を置いた。そして、背を向け静かに王宮から去っていった。
その三ヶ月後、アルバートはカラフィリアに行き、王宮の前に倒れて女王に拾われた。
33 一斉攻撃
アルバートは悲痛な表情で顔を歪ませた。その表情は憎しみがあり、痛々しく、空虚ささえ感じられた。
「でも、これじゃまだ足りないみたいだ」
アルバートは目をつぶったままシャッフルに右手をスッと差し出した。シャッフルは隠していた水晶玉をどこからか出し、アルバートに渡した。
「この世界を壊すには、もっと強大な力が必要だ」
アルバートは右手に持った水晶玉を胸の中心に押し付け始めた。水晶玉が少しずつアルバートの体に入り込み始めている。
「何をする気⁉」
エンナは叫んだ。
「止めるぞ‼」
ルーブはそう言い、サンと共に走り出した。サファイアと雷をアルバートに向かって飛ばす。
すかさずシャッフルが分厚い透明な四枚の板を出現させ、アルバートと自身の二人を囲み、攻撃を防いだ。
「それをさせるな‼」
ブラックも叫び、巨大な黒いダガーを何本もバリアに打つ。だがバリアは強固で、ダガーは撥ね返り下に落ちる。ブラックはめげずに黒い光線をバリアに撃ちつけた。
「お前らも手伝え‼」
エンナ、ルーブ、サン、ブルームもそれぞれ自身の色の光線をバリアに撃った。透明な板は衝撃に耐えきれず、少しずつひびが入り、最後は割れた。
煙があたりを舞い、二人の姿が見えなくなった。四人は煙を突っ切り、二人を捜した。
「どこ⁉」
さっきまでいた場所にアルバートとシャッフルの姿が無い。エンナは勘が働き、上を見た。
「あそこよ‼」
エンナは空を指差した。アルバートがシャッフルに支えられ、二人揃って空中に浮いていた。どうやら二人の体に風を纏わせているようだ。
「遅かったね」
シャッフルがせせら笑いをした。
アルバートの体に水晶玉が完全に取り込まれ、一体化した。アルバートは醜く笑う。
「あはははははは‼」
アルバートは右手から赤、青、黄、左手から緑、紫、黒の光線を出した。さっきとは威力が桁違いで、かすった王宮の柱を軽く吹っ飛ばした。光線が当たった地面が隕石でも落ちたかのように大きく削れていた。
「なっ……何よこれぇ⁉」
エンナはとてつもなく慌てた。
「こんなの……ありかよ」
サンは上を見上げ、一筋の汗を垂らした。
「みんな、協力するぞ‼」
ルーブは冷静に、手の平を差し出した。五人の力を合わせて対抗するつもりらしい。
「手をつなぐと色彩効果が倍になるんだ。五人で手をつないで対抗するんだ‼」
ルーブはブルームとブラックに説明する。左からエンナ、ルーブ、サン、ブルーム、ブラックの順に並ぶと、全員が横一列に並び手をつなぎ、エンナとブラックはそれぞれアルバートとシャッフルに向かって手を突き出す。
「っは‼」
アルバートは両手を突き出した。ブラックの右手、エンナの左手からそれぞれ赤、青、黄、緑、黒を混ぜた黒に近い灰色の光線が発射される。アルバートは両手から虹色のような全色が混じった光線を発射させた。アルバートの右手はエンナの手、左手はブラックの手から出る光線に向けられる。
「ぐ……」
「ああああ‼」
ブラックは唸り、エンナは叫んだ。五倍の力になった光線はアルバートの両手から出された光線とぶつかり、火花を散らした。押し押されの力勝負が始まった。
「みんな、もっと力を込めて‼」
「集中しろ‼」
エンナとブラックは皆に指示を仰ぐ。エンナ、ルーブ、サン、ブルーム、ブラックはそれぞれ体を自分の色に光らせ、集中した。
真ん中のあたりでぶつかっていた光線がややアルバートの方へ押す。
アルバートは眉間にしわを寄せ、一気に力を放出し光線を二倍の威力にし、あっという間に五人を吹っ飛ばした。
『うあああああ‼』
五人は地面に転がり倒れる。それぞれが怪我を負った。
「俺の中にはこのカラフィリア中の色彩の力が詰まってんだ……五人程度が力を合わせたところで勝てるわけがないだろう」
アルバートは冷たく五人を見下ろした。
「……だめ」
エンナは倒れた体を起こし呟いた。
「勝てっこない」
エンナは歯を食いしばる。
「あきらめんなよ‼」
ルーブがエンナを叱咤する。
「そうだぜ……そんなこと言うなんて、エンナらしくない」
サンも瞳を向け、笑いながら立ち上がり、エンナを励ました。
「まだためしてないこと、いくらでもあるだろ」
ルーブはエンナを支え立たせたあと、上を仰ぎ、シャッフルとアルバートを見た。
「さぁて……こいつらを倒したあと、どの国から潰してやろうか……まずは北の国、スノーストリームからか?」
アルバートは両手をパンパンとはたき、下を見下ろした。
「この国はどうするんですか?」
シャッフルは空中で風を操りながらアルバートを見た。
「パラディナはあとだ。メインは最後にやる」
シャッフルは息を漏らして笑った。その吐息には冷たさがあった。
「最後ね……」
「何だ」
アルバートはシャッフルを睨んだ。
「本当にやれるんですかね。まだ未練が残ってるんじゃないんですか」
「何の話だ」
「…だけど、一体どうやって倒すかだよな……」
サンが口の端を切ったため出ていた血をこすりながら言った。
「えぇ⁉考えてないの⁉」
エンナは目を開いたまま眉を吊り上げる。
「またあの攻撃くらったら、ただじゃすまないわよ⁉」
ブルームが口を挟んだ。
「色彩効果がだめなら属性魔法で行くぞ」
ルーブは四人に次の作戦を話した。炎、水、雷、植物、墨が交わるトルネード攻撃をアルバートに当てるつもりらしい。
「だが、次がだめだったらどうする?魔法のパワーは無限じゃない。あまり派手に使い続けると底が尽きるぞ」
ブラックが言った。
「少し落ち着け。もっと有効な戦闘方法があるはずだ」
ブラックがルーブを諭させようとした。
「……そんなこと言ったって……全員の力を合わせても勝てないんだ、さっきより力を入れて戦うしか無いだろ!」
「まだ情けが残ってるって話ですよ。だからパラディナを攻撃できないんじゃありません?」
シャッフルは冷たさと空虚さの共存する顔でアルバートを見た。
「……」
アルバートは冷徹な顔で黙る。
「実際、王宮だって柱をちょっとかすって壊しただけ。人がいる場所は避けているように見えますが」
「お前の言いたいことはわかった」
アルバートは右手を王宮のある方向へ向けた。
「情けを捨てよう。どうせ壊すつもりなら、最初も最後も関係ない……」
アルバートの右手に、虹色の光の球が見えた。その球はどんどん大きくなる。
「城に撃つつもりだ‼」
ルーブの顔色が変わる。
「撃たせちゃだめ‼」
エンナ、ルーブ、サン、ブルームは王宮の前に庇うように立ち、アルバートに向けて炎、水、雷、植物のトルネード攻撃を放った。
アルバートは光の球を光線に変化させ、四人に向けて放った。先程よりも太い虹色の光線が四人のトルネード攻撃とぶつかる。
『うあああああああ‼』
四人は必死に体中に気合いを込めたが、力量も質量も違うアルバートの光線にはかなわなかった。四人は向かってくる攻撃に圧され、弾き飛ばされる。幸いだったのは、王宮がそれほど被害を受けなかったことだ。
しかし、地面に叩きつけられた四人はダメージが大きく、すばやく立ち上がれない。
「俺が甘かった……こいつらも、全員消さないといけないな」
アルバートは細めた目を鈍く光らせる。再び右手を四人のいる方へ容赦なく向ける。
「うおおおおおお‼」
遥か遠くから、人を数人乗せた一匹の黒い巨大なドラゴンが翼を広げてアルバートの方へ向かってきた。一番前に乗っている赤髪の男が叫ぶ。シャッフルは慌てて風を操りよけようとしたが、翼の風圧でアルバートと共に吹き飛ばされた。
34 助太刀参上‼
ドラゴンは空中を切りUターンし、ブラックの近くへ降り立った。
「ニーグル‼」
ブラックはそう言い、ドラゴンの背中を見た。そこからラディ、グレイン、キャシー、ダーズ、マトーラが地面に降り立つ。
どうやら、ニーグルがエンナたちを運んだ後、再びダークネスに戻り、ラディたちを連れてきたらしい。
ブラックがラディたちを見る。
「ブラック様‼」
我先にとラディがブラックに声をかけ、近くに走り寄る。
「大丈夫ですか⁉怪我は⁉」
キャシーが負けじとブラックの近くに走り、甲高い声で尋ねた。
「俺は大丈夫だ。グレイン、キャシー、マトーラ、お前らの力を合わせてあいつらを治癒してやってくれ」
三人は素直に怪我をしたエンナたちのところへ行った。残った二人も様子を見に歩いてきた。
「あ、あんたら……」
エンナは怪我をした足を前に出しながら座ったまま、若干戸惑いながらラディたちを見た。
「ブラック様の敵は俺たちの敵。ブラック様の味方は俺たちの味方だ」
ラディは笑いながらぶっきらぼうにそう言った。
続いてダーズがどし、どし、と重い足音を立てながらエンナたちの近くへ来た。
「お前らを助けるなんて、本当は気に食わねぇんだがな。だが俺のボスが言うことに従わないのは……ナンだ、その」
「意に反してる」
言葉がつまったダーズにマトーラは嫌みがかった助け舟を出した。
「さあ、早くやられたとこ出しなさい!」
キャシーはグレインと手を重ね合わせ、緑色の光を出しサンとルーブの怪我をややSっ気を出しながら治した。マトーラはエンナの怪我を治癒する。
ラディはずかずかとキャシーの隣まで歩きキャシーの手を引っ掴み、オレンジ色の光を三人に当てた。
「おらよ」
キャシーは微妙に嫌そうな顔をしたが、大人しくオレンジ色の効果を当て続けた。
「ああ……えっと」
「どうも……」
「ありがとうございます?」
サン、ルーブ、エンナはやや困惑しながら礼を言った。
「礼なんていいからさっさと立て。俺たちの敵はあいつらだろーが」
ラディが空中で体勢を立て直しているアルバートとシャッフルを顎で指した。
「攻撃してきていない今がチャンスだ。全員で一気に畳みかけるぞ‼」
ブラックが全員に指示を出した。左からエンナ、ルーブ、サン、ブルーム、ラディ、グレイン、キャシー、マトーラ、ダーズ、ブラックが並び、全員が手をつないだ。
「いくぞ‼」
ブラックのかけ声で、エンナとブラックはアルバートの方へ手を伸ばす。二人の手から先程の二倍の威力の、黒い光線が発射される。
「……ちっ」
アルバートは両手で虹色のバリアを出した。黒い光線がバリアに打ちつけられる。だがバリアは分厚く強固で、一筋縄では割れなさそうだ。
『っあああああああ‼』
全員が雄叫びをあげた。
「シャッフル」
アルバートは後ろに浮かんでいるシャッフルに目で「行け」と言った。シャッフルは風をアルバートに纏わせたまま、霧に身を隠した。
「くっううう‼」
攻撃を当て続けた成果か、バリアにひびが入り、それを発端にひびが広がっていく。全員の体力が付きかけてきた頃、バリアが壊れた。
「よし、割れた‼」
ルーブが叫んだその直後、全員の後ろを強い冷気が襲い、十人全ての首から下を氷らせた。
「うっ……」
「後ろから‼」
アルバートは黒の色彩魔法でブラックホールを生み出した。その表情はどこか無慈悲で、感情のこもっていない機械のようだった。
「何をする気⁉」
今までの様子とは違うと感じたアルバートの表情に反応し、エンナは氷を溶かしながら大声を張り上げる。
「カラフィリアを滅ぼした後、このままこの星の色彩を全て吸い取って、このブラックホールに放ってやる。そうすればすべての星の色が消える」
シャッフルは歪んだ顔で笑った。
「なんでそんなこと⁉」
「星に色がないむなしさをお前ら全員にも味あわせたいからだよ‼」
アルバートは憤り、再び虹色の光線を片手から放出させる。やっと氷から抜け出したエンナたちを散り散りに吹っ飛ばす。
「あ……っ」
エンナたちは地面に叩きつけられる。
「そうだ」
アルバートは思い出したように呟いた。
「この水晶玉、いや、俺の力を極限にまで発揮させよう……」
アルバートは水晶玉を取り込んだ胸のあたりをさすり、目をつぶり息を大きく吸い込んだ後、両目をカッと見開いた。
エンナの瞳から、今まで絶対に消えなかった夕焼けのような橙色が消え出し、金色の髪、肌の色も消え始めた。ルーブやサン、ブラックたちも同様だった。
「な……‼」
35 絶望の来襲
エンナは自分の肌の色が灰色に変化していく様子を見て顔に恐怖を宿した。
変化はそれだけではなかった。マジッカーたちの体の中心から、それぞれが「受け継いだ色」が漏れ出した。
「全ての色彩を、我が身に‼」
アルバートは両手を広げ、いかれた瞳で叫ぶ。マジッカーたちから漏れ出した色は全て、アルバートに吸収される。
「だめ……‼」
エンナは立ち上がろうとしながら、赤い色が漏れる自身の体を押さえる。
「そんな……」
「やめろ……‼」
ルーブやサンもどうにかして色が体から出ていくのを何とかしようとした。だがどうにもできなかった。
「こいつから力を全て奪われる前に倒すぞ‼」
光線の直撃を避けた、ある程度まともに動けるブラックとダーズが黒と茶色の光線をアルバートに放つ。ラディ、グレイン、キャシー、マトーラもなんとか立ち上がり、加勢する。
「ふっ」
アルバートは虫を潰すようにブラックたちを見、虹色の光線で六人を吹っ飛ばした。
「……そんな」
エンナは空虚な目で飛ばされたブラックたちを見た。
全ての色彩がアルバートに吸収された。マジッカーたちはもう、色彩魔法が使えないただの人間になってしまったのだ。
「これでもうお前らは無力」
アルバートは右手を非情にエンナたちのいる方向へ向ける。エンナたちの目を絶望がかざす。
「フィナーレだ」
アルバートは全色の力を右手にこめた。
――だが、光線は出ない。
「があああああああああああああああっ‼」
アルバートの体から四方八方に様々な色が飛び散り、マジッカーたちの体に色彩が戻った。その後、バランスを崩したのかアルバートは地面に落下した。落ちた場所に煙が舞う。
「アルバート‼」
エンナは立ち上がった。
煙が晴れ、アルバートの姿が見えるようになった。起き上がり、心臓の部分を押さえている。体中から虹色の光が放出し、辺りに飛び散っていた。色を取り込み過ぎた体が暴走し、拒絶反応を起こしているのだ。
「うがあぁああああ‼」
アルバートは苦しみ、もがき、胸を引っ掻きながら叫んだ。水晶玉を取り出そうとしていたが、どうすればいいか分からないようだった。
「……あいつはもうダメだ」
ブラックが近づこうとしているエンナを制しながら言った。
「……もうダメ、って」
エンナの体が震える。
「じゃあ、このまま死んじゃうの?」
「……そうなるな」
ブラックは感情の希薄な声で呟いた。
「アルバートさん‼」
エンナは走り出した。精一杯の赤の色彩効果を体に纏い、一直線にアルバートに向かっていく。
『エンナ‼』
ルーブとサンが同時に叫んだ。
アルバートの体から色彩が溢れ続ける。エンナはためらいなく走り、近づく。
「来るなぁああ‼」
アルバートの左手から、エンナに向かって光線が発射された。目の前に光線が迫り、エンナは瞳孔を開く。
王宮の方角から、巨大な白い光がアルバートとエンナを包んだ。光のせいで二人の様子が見えず、ルーブたちは何が起こったか分からなかった。
王宮の方向から、ミルフィーネが姿を現した。最初に会った時と同じ白いロングドレスを纏い、白い手袋をはめ右手を光に向けている。
『女王さま……‼』
ルーブとサンは叫んだ。
36 回想
女王は光を収縮させ、アルバートの体を中心に光を球体にした。しばらくすると光はパッと消え、それと同時に水晶玉がアルバートから分離され、地面に転がった。アルバートは力尽き、倒れる。エンナはすかさず転がってきた水晶玉を確保した。
「浄化の力か」
ブラックは呟いた。
「女王さま……」
エンナは歩いてくる女王の方を見た。
「間に合ってよかった……」
女王は右手を下げ、安堵の表情でアルバートとエンナを見た。
「体の具合は……」
エンナが尋ねた。
「もう大丈夫よ。ごめんなさい、もっと早く来れなくて」
ミルフィーネは倒れたアルバートの側に寄り、体を白く輝かせながら抱き締めた。アルバートの顔から醜さが消えていった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
ミルフィーネの頬に涙が流れ、とめどなく溢れる。エンナは事情が分からず、ただアルバートと女王を見守ることしかできなかった。
アルバートは夢を見た。まだ自分が幸せだった、十八年ほど前の昔の話。
「ねえねえ、アルバート、きれーなお花見つけた」
軽い金色の、ゆるやかなくせっ毛を肩まで伸ばした桃色の瞳を持つ少女が、向かいでクローバーを探している赤髪の少年に目を輝かせながら微笑んだ。少女は、花弁が何枚にも重なった、直径四センチほどの小さなバラのような白い花をつかんで少年に見せた。
「ほんとだ、きれいだね。シャーロットに似合いそうだ」
アルバートは笑った。少女の頬が赤く染まる。
「これ、たくさんみつけて編んだら、花かんむりにならないかなぁ」
少女は花を片手に持ち、何かほかに組み合わせそうな植物がないかともう片方の手で探した。
「じゃあ、三つ葉と、クローバーの花を合わせて編んだら?そしたらその花がひきたつよ」
アルバートは自分が集めていた三つ葉を少女に見せた。
「うーん、四つ葉もあったらいいんだけどなぁ」
少女が少しだけ眉を下げながら白い花を見つめた。
「じゃあ、ぼくが探してあげるよ。どうせならたくさんつけよう。見つけてあげる」
「本当⁉うれしい、アルバート‼」
少女は無邪気に笑った。
「君は本当に絵を描くのが好きだね」
十四歳の夏、二人はとある湖畔に来ていた。シャーロットが風景画を描きたいと、きれいな湖を探していたところをアルバートが見つけたのだ。貴族の娘であるシャーロットの家は、王家と祖父の代から付き合いがあり、シャーロットは普通の学校に通いながらも王子であるアルバートと近しい存在だった。
「うん。ねぇ、カラフィリアっていう星、知ってる?」
「知ってるよ。でもエメシスはロケットの開発が他の星より遅れてるから、行くのはまだ無理だけど」
「その星……わたしたちの目や肌と同じように、自然や果物にも色が付いてるのよ。そんな世界に行けたら、ああ……どんな素晴らしい絵が描けるんだろう。想像するだけで素敵だわ」
「……そうだね」
「ねえ、いい加減考えを改めてよ。一緒にカラフィリア星に住めばいいじゃない。どうしてそんなに頑ななの?」
少しだけウェーブがかった軽い金色の髪を背中まで伸ばし、淡い桃色の瞳をした女性が説得するように両手を広げてアルバートの前に立っていた。
「……色彩に興味はない。生まれ育ったこの白黒のエメシスの方がよっぽど落ち着く」
シャーロットは眉をしかめ、瞳を潤ませた。王と女王がカラフィリアに移り住んでから一年経ち、すっかり変わってしまったアルバートに怒りとも悲しみとも言えない混沌とした感情が渦を巻く。
「住んでみたら考えが変わるかもしれないじゃない」
「……僕はこの星の王子だ」
「私と一緒に、来てくれないの?」
「お前がここにいればいいだけの話だろう」
シャーロットは呆けたように目を見開いた。涙が頬を流れ、床に一滴、落ちた。
「……もういい」
シャーロットはアルバートから背を向けた。淡い桃色のハイヒールを鳴らし、王宮の広間の扉の方へと歩く。
「……さよなら」
シャーロットは扉を開けた。
閉じていく扉が、彼女の姿を完全に消そうとした。
「……シャーロット……」
「シャーロット‼」
痙攣したように我に返り、目を開けると、そこには女王の姿があった。仰向けに寝ているアルバートの頭は女王の膝の上に置かれていた。女王の顔には涙のあとがあり、少しだけ目を赤く腫らしていた。
37 真実と信実
「ジーバ、水を」
女王は執事を呼んだ。ジーバはお盆に半分ほど水の入ったコップをのせていた。ジーバはお盆からコップを掴み女王に渡した。
「これを飲んで」
女王はコップをアルバートに渡した。アルバートはぐったりした様子でそれを口に当てる。
「……うっ」
水を全部飲み干したその直後、アルバートは思いっきり咳込んだ。アルバートの口から、水と一緒に虹色の欠片が出てきた。女王はすばやくそれを掴むとアルバートから離れた所に置き、ジーバから渡されたとんかちで虹色の欠片を破壊した。欠片は虹色の光を出して空に溶け込むように消えた。
夜の闇が辺りを覆い、ルーブの腕時計はもう深夜の十二時に差し掛かろうとしていた。
「捕まえたぞ」
ブラックがシャッフルを縄で縛り、引きずりながらエンナたちの方へ歩いてきた。ラディ、グレイン、キャシー、ダーズ、マトーラと協力して捕らえたらしい。
「……どういうことか説明してもらおうか」
ブラックは握った縄を強く引っ張りながらシャッフルを上から睨みつけた。ブラックの彫りが深くしわの多い強面の顔は、暗闇の中アオリで見ることで一層迫力が増していた。
「……えぇ……?」
ボロボロのまま、シャッフルはブラックを見ながら脱力したように笑った。そのあとブラックから目を反らし、まだ何かできないかと考えているのか視線を揺らした。
「……こうするしかないようだな」
ブラックはシャッフルの頭を掴み、片手に隠していた白い液体の入ったビンをシャッフルの口に当て、無理やり液体を飲ませた。
「……んっ……んっ‼」
ビンの中の液体が全部なくなったところで、ブラックはやっとシャッフルの頭を放した。
「エホッ、エホッ……‼」
シャッフルは飲ませられた液体を吐き出そうとした。だが、両手が塞がれた状態では喉に指を突っ込むことも出来ないため空咳をするしかできず、飲んだものを吐き出すことはできなかった。
「その液体は……?」
ルーブがブラックに問う。
「『真実の白』の力を混ぜた飲み物だ。これを飲むと真実しか言えなくなる。さっきそこの執事に渡された」
エンナたちはジーバと女王を見た。『白の力を混ぜた』ということは、この飲み物を作ったのは女王ということだろうか。
「……さあ、お前の知ってることを全て話せ」
シャッフルは恨めしそうにブラックを見ていたが、しばらくすると飲んだものが効いてきたのか口を震わせながら話し出した。
「……僕の曽祖父の兄はティックウィックだ」
いきなりのシャッフルの告白に、エンナを含め、話を聞いていた者のほぼ全てが驚いた。
ティックウィックとは百三十年前、カラフィリアの東北にある機械や工場で有名だった国「バケット・ギア」にいた独裁者だ。教科書にも載っており、エンナも名前ぐらいは知っていた。まさか旅に出る前、社会の授業で勉強した人物の名前がここで出てくるなんて思ってもいなかったが。
「ティックウィックが独裁政権をしている傍ら、その弟が『色彩の吸収や放出ができる鉱石』を発見し、バケット・ギアの民たちにも採集を命じた。その石を集め、磨き、丸い形にしたものが水晶玉だ」
エンナたちは強張った顔でシャッフルの話を聞いていた。
「国中を採掘し、水晶玉は二つできた。だが、パラディナやウィンドラー、スノーストリームが結託してバケット・ギアの独裁政権を打ち砕いたため国民は解放され、ティックウィックと弟は捕まり、鉱石は発掘禁止とされ、水晶玉はパラディナとウィンドラーに保管された」
「……PWS結託か」
ルーブが呟いた。
「……社会で習ったな」
サンが頷く。
シャッフルは話を続ける。
「だが研究所の地下深くに水晶玉がもう一つ隠されていた。それを知っているのも地下室の鍵を持っているのもティックウィックの弟の息子……僕の祖父だけ。祖父は身を潜めながら水晶玉のことは誰にも話さず、一人研究をしていた。そして祖父はある日思い立ち、地下室に鍵を持って入った。するとそこには発掘禁止とされた水晶玉の『極めて透明な部分』が、水晶玉と、置き手紙と一緒に置かれてあった。そしてその手紙にはそれを飲み込めば『透明の力』が使えることが書かれてあった」
シャッフルは長々と話し疲れたのか、息を吐いた。
「だが、祖父はそれを取り込んだあと何年か経って早死にした。祖父は息子……僕の父、ジャックに鍵と手紙を託した。その後、欲深かった父は透明の力を取り込み、色彩の力をも欲して八百五十二年に水晶玉をシュバルツの地中深くに埋め、そこからじわじわとシュバルツの色彩を吸い取った」
「八百五十二年……」
アルバートはシャッフルを見た。シャッフルに「パラディナの女王がエメシスに来た年」と言われたことを思い出したからだ。
「その年は、私の一家が揃ってエメシス星に出かけているのは確かです。観光と、エメシス星にしか生らない果実を見てみたくて」
ミルフィーネが若干戸惑いながら言った。
「そして四年後の八百五十六年、僕が六歳の時、父と共にシュバルツ星にあるブラックの城を訪ねた。その時に僕の父がブラックの心を操った。『カラフィリアの女王がシュバルツ星の色彩を吸い取っている』と嘘の情報を植え付けたんだ。そして六年経って完全に色彩が吸い取られたのを見計らうと、再びエメシス星に行き水晶玉をカラフィリアに持って帰った」
「……なるほどな」
ブラックは苦々しく呟いた。
「俺は操られたままダークネスを乗っ取り、色彩を奪ったのか……」
透明の力により心を操られた者の洗脳を解くには、力を使った者に誰かがダメージを与えなければならないのだ。
シャッフルは一通り話し終えると、電池が切れたたようにがっくりと顎を落とした。
38 悔悟の涙
「シュバルツの色彩が消えたのはシャッフルの父親のせいだったのね……」
エンナは呟いた。
ミルフィーネはアルバートをジーバに預けると、ブラックの正面に移動し、両膝、両手をついて深々と頭を下げた。
「私の星の者が、あなたの星にひどいことをして本当に申し訳ありませんでした」
女王の思いもよらない行動にブラックは戸惑い、彼女を見下ろしながら慌てた。
「い、いや、別にあんたが頭下げることじゃないだろ」
女王は顔を上げると、エンナから水晶玉を受け取り、それを両手で持ちブラックの前に立った。
女王が一度だけ水晶玉を優しく叩くと、玉から色彩が溢れ出し、辺りの景色に色が戻った。しかし、真っ暗な夜の中では色が戻ったことが判別しづらかった。
「夜が明けたら、色彩が元に戻っていることがはっきりと分かると思います」
女王はエンナたちの方を向いて言った。その後、女王は中に色が半分だけ溜まっている水晶玉をブラックに渡した。
「これをあなたに……色彩が半分だけ水晶玉に封じられています。シュバルツに解き放てば、あなたの星の色は完全に戻ります」
ブラックは女王の顔を見ると、絶対に誰にも渡すまいと決心したかのように水晶玉をしっかりと掴んだ。
その後、女王はアルバートのところに再び戻った。憂いを帯びた表情で眼差しを向ける女王に、アルバートは虚ろな表情で見返す。
「……アルバートに何かあったことは、少なからず知っていました」
エンナたちは少し驚き、顔を見合わせた。
「私の白の力で、アルバートのことを、真実を見たこともありました。だけど私は真実を知っても、色彩を分け与えることができないエメシス星に対してどうすることもできなかった」
「女王様は、アルバートの心が変わるまで、ただ愛し、尽くし続けていたのです……」
ジーバはもどかしいような顔つきで言った。
エンナは余韻の残る表情でミルフィーネを見た。
「……アルバートさんは悪くない、と思う……」
エンナが言った。
「……エメシスに色彩が無かったことが、不幸を呼んだのよ。エメシスにもともと色があれば、こんなことは起こらなかった。アルバートさんだって、色彩のあるエメシスを好きになれたはずだよ」
「……そうだな」
アルバートは目を閉じて笑い、瞼を開いて暗がりの中、色が戻った世界を見た。
「……どうして彼女があそこまで心を焦がしていたのかが……この星に来て分かったよ……」
アルバートはふらふらと立ち上がった。
「……シャーロットを探すよ。カラフィリアのどこかにいるはずだ……どうしても……顔を、見たい……」
女王がすかさず横に移動し、アルバートの体を支える。
「まずは、王宮に帰って、体を休めてからにして下さい」
アルバートは汚れた顔で女王を見つめる。
「……俺を、許してくれるんですか?」
「何を許すことがあるのですか」
女王は涙した。
シャッフルは手錠をつけられ、警察に連行され車に乗せられた。シャッフルの父・ジャックも早急にカラフィリア中で指名手配するらしい。
ミルフィーネはアルバートを支えながら、エンナやブラックたちの方を向いて言った。
「みなさん、まずは私の王宮でゆっくり体を休めてください。人数分の部屋とお風呂、食事が用意してあります。ブラックさん一行も、どうか」
「やった‼」
「おおっ」
エンナやサンは喜びの声を上げた。
「……なんつー利他的な人なんだ、あんたは……」
ブラックは苦々しい表情で頭を掻いた。
「人の世話になるのは俺の性に合わないんだがな。……飯と風呂はいらない。寝床だけ借りさせてもらう」
ブラックはラディたちの方に向き直った。
「お前ら、五時間だ。五時間経ったらニーグルに乗って出発するからな」
「ええー⁉」
「短すぎませんか⁉」
ラディやキャシーたちは不満そうな顔で文句を漏らした。
「……早くしないと睡眠時間が減るぞ?」
ブラックは威圧的な顔でラディたちを見下ろした。五人は血相を変えて王宮の方へ走っていった。
エンナ、ルーブ、サン、ブルームも、疲れた笑顔を見合わせた後、王宮へ向かっていった。
39 夜明け前
もうすぐ夜が明ける、仄かな光が街を照らし出す前。
冒険に出る前、出発に備えるために寝た三人一緒の部屋で、エンナはテラスにもたれかかって外を眺めていた。
「……何してんだ?」
カラカラとテラスに面した大きな窓を開けたのはルーブだった。朝方のため、五月とはいえ肌寒い風が部屋の中に入る。
「窓、しめてよ。サンが風邪ひいたら困るし」
ルーブはテラスに上がったあと振り返り、窓を静かに閉めた。透明なガラス窓から見えるサンは寝ぞうが悪く、布団を剥ぎ、手を広げ、足をがに股にして寝ていた。すきま風が入るたび「うぅん……」と言い寝返りを打っていた。
「……景色を、見たくて」
テラスの柵に腕を置いているエンナの左隣にルーブは立った。
「……そっか」
暗かった空が段々と青ががってきた。雲は静かに、流れることなくとどまっていた。
「……世界に色が戻るのを見れる瞬間だもんな」
二人はその時まで静かに待った。
暗い藍色が鮮やかな青、明るい水色へと徐々に変化していき、白とオレンジ色の光が地平線の彼方遠くへ見えた。
「……きれい……」
エンナは呟いた。
「ああ」
ルーブは微笑む。
白い光がパラディナを包み込み、太陽が顔を出した。山々には大らかな緑が色付き、庭園のバラや花畑の花は美しく色づいた。赤、ピンク、黄色、白、紫、青と様々な花が鮮やかに輝く。
「サンも起きて見ればいいのに」
「だな」
パジャマの上着がずり上がりお腹が出ているサンをガラス越しに見て二人は笑った。体を横向きにしながら横腹をボリボリと掻くサン。
「……お城の料理食べ放題……」
朝の六時。
ラディとグレイン、ダーズとマトーラ、キャシー、とブラックの部下たちはそれぞれ三部屋に分かれて寝ていた。
「おら、お前ら、起きろ――っ‼」
ブラックが乱暴にドアを開けてラディとグレインの寝ていた部屋に入ってきた。ブラックは寝ている二人のベッドを蹴り、反動で二人は床に転がり落ちる。
「五時間だっつっただろーが‼」
ラディは部屋にかかっている時計を見上げる。針は六時を指していた。ベッドに入ったのが夜の十二時半だったので、実質五時間半寝ていたことになる。
「……じゃあ何で五時半に起こしに来なかったんスか?」
「……ブラック様だって寝坊したってことじゃないですか……」
ラディとグレインがジトッとした目つきでブラックを見る。
王宮のベッドが想定外に寝心地が良く、熟睡したにもかかわらず二度寝してしまったのはブラックの失態だ。
「……着替えて外に出とけ」
ブラックはばつが悪そうにダーズとマトーラが寝ている隣の部屋に二人を起こしに行った。
40 冒険の終わり
エンナ、ルーブ、サンは七時半に王宮の食堂へ行き、朝食を取ったあと、荷物を持って外に出た。既に朝食を食べ終わり、外に出て待っていたブルームが振り向く。一人じゃないと眠れないから、と彼女は三人が泊まったVIPルームの隣の部屋で寝ていた。
「おはよう、ブルーム」
エンナが言った。
「おはよう」
ブルームは爽やかに答える。
「朝起きて、外見たか?」
ルーブが尋ねた。
「うん。感動した……」
「やっぱり色があるって最高だよなー」
サンは明朗に笑い、改めて色彩の戻った景色を見た。目が覚めて窓の外を見た瞬間、「うおおおーー‼」とオーバーリアクション気味に叫んだのは三十分前のことだ。
「おはようございます、みなさん」
ミルフィーネが姿を現した。昨日とは少し違う、水色を基調とした清潔感のあるドレスを着ていた。
『おはようございます!』
四人は明るく挨拶をした。
「……皆さんにお伝えしないといけないことがあります」
女王はやや影のある顔で四人を見た。エンナたちは真顔になる。
「……皆さんが眠っている間、譲渡した色彩魔法の力を再び玉に封じ込めさせてもらいました。何の前置きもなしに行ったこと、申し訳ありません」
ミルフィーネは全員が眠ったことを確認した後、エンナ、ルーブ、サン、ブルーム、ブラック、ラディ、グレイン、キャシー、ダーズ、マトーラ、アルバートの体から色彩の力を抜いた。そのため睡眠時間は三時間程度しかとっていない。ちなみにブラックたちには六時過ぎ頃、ドラゴンで出発する前にその旨は伝えたそうだ。
「……そうなんだ」
エンナは自分の胸の中心をさすった。
「……気付かなかった」
ブルームが言った。
「……あの力が使えないなんて、なんだか名残おしいな」
ルーブは左手を少し前に出すと、青い物を創造するときのように手を動かした。
「水晶玉は再び王宮の奥深くに保管しました。あれを使う日が二度と来ないことを祈って」
サンは空を仰いだ。
「……終わったんだな」
ルーブ、エンナも王宮の庭から遠くの景色を見た。空は突き抜けるように青く、白い雲は微かに流れていた。芝生は青々とした緑で、遠くに見える街はそれぞれの屋根の色を並べ、小さな鳥がチュンチュンと陽気にさえずっていた。
エンナは遅れることを連絡してから学校に行った。
エンナが学校に着いたのはちょうど二時間目が始まる十時前だ。教室の前に着き、同じクラスに友達のいないエンナはいつものように黙ってドアを開けた。
すると、教室でそれぞれ固まっていた女の子数名がエンナの方に押し寄せてきた。
「あっ、シャロラハートさん!」
「おつかれ!」
「冒険に出るなんて、すごい度胸だね」
「色を戻してくれてありがとう!」
いきなりたくさんの女子に話しかけられて戸惑うエンナだったが、温かいものが胸の内にじわりとこみあげてきて、こんな気持ちは初めてだと思った。
「冒険の話聞かせてよ!」
「王宮の中はどんなだった?」
まだ遠巻きに見ている女子は数名いたが、半分以上のクラスメイトたちがエンナに話しかけてきてくれた。
休み時間、ひととおり話を終えたエンナは、ある女子グループの机に置いてある編み物を見て言った。
「そのリリアニー、かわいいね。どうやって作ってるの?」
教室の外からエンナの様子をそっと見ていたルーブとサンは、顔を見合わせて笑った。
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